(大学。食堂。舞台には「気持ちよくなれる薬あります」と書かれたダンボール横にしゃがみこんでいるメフィストフェレス)


(ファウスト登場)

ファウスト:「四月は新入生目当てに入り込む宗教勧誘者共に眼を光らせてはいたが、売人まで入り込むとは思わなかったぞ」
メフィスト:「こりゃどうも、ファウスト大先生。学生共のお相手は終わったんですか」
ファウスト:「さっさと片付けろ。何だこれは?エンジェルダストか?悪魔が売るとはお笑い種だ」
メフィスト:「お言葉ですが、薬は天使の領分ですよ。麻薬だって分を弁えさせりゃ医薬品と同じですさね。人間を幸せにするためにある、素晴らしいお話ですぜ」
ファウスト:「お前が医者になったとは初耳だな。片付けろ」
メフィスト:「まあ待ちなよ、旦那も一つ如何です?よく効く薬です、快楽はお好きだったと思いますがねえ」
ファウスト:「昔の話だ」

(ファウスト、ダンボール箱を持ち上げ下手へ放る)

メフィスト:「ああ、酷いことしやがる」
ファウスト:「悪魔が言うな」
メフィスト:「悪魔でも世話になった相手には感謝するんですよ。俺は字が書けないからね、あの売り文句はここの学長に頼んで書いて貰ったんでさ。あんまり粗末にしたら首切られますぜ」
ファウスト:「あの年寄りが書いた物に価値があった例は知らんよ。とはいえ、あまり誑かすな。誰に仕えているのか忘れたか?」
メフィスト:「天才は権力を知りませんね。今度言い付けてやろう」
ファウスト:「お前ほどじゃない。主人を地獄に落とそうとしているお前ほどではな」
メフィスト:「最近はそれもあんまりやる気が無くてね。あんたは何度やっても蘇るから。ずたずたに引き裂こうが、また別の書き手が命を吹き込む」
ファウスト:「どう聞いても、地獄の責め苦だが」
メフィスト:「そんな訳で、旦那じゃないが退屈なんですよ。他の人間は可愛いもんだ、先生と違ってころっと悪魔の甘言に引っかかる。仕事のし甲斐がありますってもんだ」
ファウスト:「首輪と鎖で庭に繋いで置けば良かった」
メフィスト:「僕を繋げる聖性な呪物を、旦那が手に入れられるとでも思ってるんですか。ここの研究室でも、さぞかし冒涜的な研究をしてるんでしょうね」
ファウスト:「嫌なところで気が合うが、丁度私も薬物を扱っているところだ。今思いついたが、悪魔に飲ませたらどうなるか、実験してみるのも悪くない」
メフィスト:「ああ、実験にはそういう唐突な閃きが大事だそうですからね。御免蒙るぜクソッタレ」
ファウスト:「嫌なら今後、妙な物を持ち込むなよ。そもそもお前が入り込む時点で妙な物が持ち込まれているんだがな」
メフィスト:「恨むんなら契約した自分を恨むんですな。でもまあ、先生に嫌われてもやりにくい。約束しますよ、地獄の熊手にかけて」
ファウスト:「分かれば良い、元から好いてはいないが」

(ファウスト、立ち去りかける。メフィスト立ち上がり、胸元を探って小袋を取り出す)

メフィスト:「おっと、まだポケットに入っていた。こいつは旦那に差し上げますよ。特別強烈なやつです」
ファウスト:「要らんよ。薬の齎す霊験は、一見破天荒に見えて、実のところは底が浅いものだ」
メフィスト:「しかし大先生、眠そうなお顔でらっしゃるがね。クールな刺激で眼を覚ましたら如何ですか」

(ファウスト、メフィストの手から小袋を引っ手繰ってまじまじと見る)

ファウスト:「メフィストフェレス、聞くが、学生に売った薬とやらもこれと同じものか?」
メフィスト:「メーカーは違いますがね」
ファウスト:「ふん、今日日フリスクと違法薬物と間違えて買う愚か者がいるとはな。観察眼の無さで退学させてやりたいものだ」
メフィスト:「薬物合成よりも、詐欺の方が悪魔らしいだろうと思いましてねえ」
ファウスト:「ああ、全くだな。腕が衰えていないようで何よりだとも」
メフィスト:「でもまあ、俺も金の無い学生には夢くらい売るつもりです。今頃ちゃんとキマってますさね。思い込みの力でな」
ファウスト:「さぞかし上手く口上を述べただろうな、仲間の蛇に感謝しておけ」
メフィスト:「いや全く苦労しましたね。実のところ、旦那のくれる小遣いが少ないもんで、本物を仕入れも出来なかったんですよ」
ファウスト:「地面でも掘り返せば良い。悪魔の得意なことだろう」
メフィスト:「雇い主としてどうかと思うぜ、その言葉」
ファウスト:「なに、対価は私が死んでからやる約束だ」
メフィスト:「それが見込めないから困ってるんですよ、タダ働きで苦労させられて、旦那、なあ、聞いてるんですか」

(ファウスト、メフィスト、軽口を叩きながら下手へ去る)




(暗転)
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