先程から安西が戸棚に上半身を突っ込んで掻き回し盛大に音を立てていて、その横にある椅子に座った高屋敷は時折飛んでくる何やかやを避けたり命中したりと、両名共に忙しそうだった。

「駄目ですねえ、さっぱり見付かりません。一体どこにいったのでしょう」
「センセ、さっきからなに探してるの?」

床に落ちていたガラガラを拾って、可愛らしい音をさせながら高屋敷が聞いた。安西はそれに答えるため戸棚から身体を引き抜き、乱れた髪を撫で付けながら言う

「いえね、それがまた、何だかよく分からないのです。確か、これくらいの銅の箱に入っていた筈ですが」

高屋敷は安西に頭を抱えられたまま、随分おっきな箱だねえと言い、息苦しくなったのか安西の鳩尾をガラガラで突いて退けさせながらも、いい子の笑顔で提案する

「じゃ、今度は僕が探してあげるですよ」
「それはありがとう御座います」

ガラガラを鞄にしまってから安西に代わって戸棚を探る高屋敷は、身体が小さいので全身戸棚に入ってしまう。それを見た安西がこのまま扉を閉めたら面白いだろうと考えたことは想像に難くないが、高屋敷は巣箱からゴミを避け出すハムスターの様にちょこちょこ出入りをするので、閉める機会は無さそうだった。めぼしい物を見付けてはこれ欲しいだのこれ持って帰っていいかだの聞くから、本当に安西の捜し物を手伝う気はあるのか甚だ疑問である。暫らくごそごそやっていたが、ひょこっと顔だけを覗かせて

「ねえ、さっきから気になってるんだけどさ。先生がさっきあれだけ物引っ張り出して、僕も一杯物出してるのに、なんでこの戸棚まだまだ一杯なの?」
「魔法の戸棚なんです」
「やだなあ、どっかの空間と繋がってたりしたらどうすんのさ」

最早奇妙な事象に慣れ切った高屋敷は軽く流してまた中に戻る。ガタガタゴトゴトと騒がしかった音がぴたりと止み、引きずる音に取って代わる

「もっ…しかして!探してるのーっ!これ、の!こと!?」
「ああ、それですそれです。よく見付かりましたねえ、ありがとう御座います」

異常に重いその箱をどうにかやっと引き摺り出し、安西の前に引き出された。高屋敷も中身が気になりはじめたのか、蓋らしき部分に手を掛けて揺すぶってみる。これといった音がしないのに落胆しながら安西に中身を教えろとせがんだ

「ねえ、なに入ってるの?凄く重いですよう、なに入ってるのかな?ねえ、ねえ」

安西もしゃがみ込んで高屋敷の頭程のそれをあちこち眺め、軽々ひっくり返し、蓋を開けようとしてみたが、鍵もない筈のそれは一向に開かなかった。中身に何が入っていたかも全く思い出せなかったので、そろそろ高屋敷がぐずりだす。折角見つけてやったのにと箱を小さな手で叩き出し、その金属板を打ち鳴らす喧しさに安西の何かが二三本切れたので、手刀で箱を両断するに至った。温めたナイフでバターを切るより滑らかな切断面には目もくれず、緩衝材のオガクズを払い除け、高屋敷の手の下に現われたのは、歪な鉛の塊だった。共々暫らく黙り込んでから、先に高屋敷が口を開く

「なに、これ」

安西はそれに答えず、何かを思い出そうとする素振りのままじっと鉛塊を見つめていて、高屋敷は面白くないとそっぽを向いてしまった。その横向いた側頭部へ目にも止まらぬ動きの安西の手が、手に持たれた鉛塊が、殺人的な重量と速さをもって叩きつけられた。声も出さずに脳味噌をぶちまけた高屋敷が床に倒れこむその時に、安西は晴れ晴れとした声でこう言った

「そうそう、高屋敷君を殴るために用意したのでしたね」
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