「♪椅子に座ーって爪をたーて…サヤエンドウーのースジを剥ーく…」

ボウルの中にポトポトポトと、丸い粒が溜まっていく。手間の掛かることだけど仕方がな い。まだまだ残りは沢山あるから、疲れてきた指を握ったり開いたり、軽い指の体操をして僕 は次の袋に手を付ける

「♪サヤがわたーしの…心なーら…豆はわかーれーたー男たーち…」

プツン、プツン。リズミカルにやってみたり、端から順に綺麗に出したり、力任せに押し てみたり。工夫しているつもりだけど、やっぱり飽きるこの作業。指も疲れるけど肩も疲れて 、僕は立ち上がって思いっきり両肩を回してみる。指の先に遠心力で血が集まってしまって、 ぴりぴり痺れるくらい回したんだけど、肩の重さはあんまり変わらない。だけどやめない。だ って

「♪もうすぐ出来上がり」

最後のやつを握り締める。もう何時間くらいやってたんだろう?でも、これが終わればお 仕舞いだ。あと三つ、あと二つ、あと一つ

「♪今夜のスープはーチャイニーズ・スープ…」

やった。すっごく疲れたけどやっと終わった。僕は嬉しくなってボウルごと持ち上げる

ボウルに溜まった睡眠薬

僕はボウルを抱き締めて、冷蔵庫を開けて、よく冷えたミネラルウォーターを取り出した 。二リットルサイズだから途中で無くなっちゃうこともない。キャップをあけて、なみなみコ ップに注いで。もう準備は万端だから、大丈夫

「♪このっ世界のーこーとだったらー…大体解ったから連ーれてってよー…」

片手に一杯白い錠剤を掬って見詰めると、これはちょっと飲み下せない量だなと思う。手 を揺すってぱらぱら振り落として、半分くらいの量になったところで大きな口で頬張ると、物 凄く苦くて吐き出しそうになった。慌ててコップを掴まえて急いで飲む。でもやっぱり苦くて 噎せそうになって鼻に苦い水が行きそうになって死んじゃうかと思ったけど間一髪。なんとか 飲めた

そんなことを何度も繰り返して、僕のお腹がちゃぷちゃぷ言い出した頃にようやくボウル 一杯の睡眠薬は無くなった。ああ、とっても疲れちゃったよ

「♪…ねーんねーん…ころーりーよぉー…おこーろーりーよぉーー…」

僕は体がだるくなっていくのを感じる。意識もだんだん白っぽくなってきた気がして、動 けなくなる前にソファーにふらふら向かったら転んじゃって、それからはずりずり這ってソフ ァーを目指した。着いた頃にはもうなんにもわかんなくなってて、柔らかいソファーにぐっす り沈み込んでいく感覚の中僕は何処かに消えてった



消えていった筈だったのに



僕は苦しくって目が覚めた。顔の周りがなんだかぐちゃぐちゃして、拭おうと頭を動かし たら胃が上に引っ張り上がってきて僕はびしゃっと吐いていた。頭が痛くて気持ち悪くて、泣 きながらベッドから転がり落ちてまた吐いて、溶けかかった白い粒々と胃液の混じった苦い水 を本当に本当に、驚くくらい沢山吐いて、僕は本当に大泣きした

吐いても吐いても、胃の中にもうなんにも無くなっても僕の胃は全然大人しくならなくて 、空気も出なくなった口で僕はそれでも吐いていた。そしたら急に背中に暖かいものが触った 気がして、それがなんなのか考える余裕なんて無かったけどどうしてかとても安心したから、 僕は安心しながらうつ伏せになってげえげえ吐く

その暖かいものがゆっくり背中をさすってくれる頃、ようやく僕の胃はしゃっくりくらい の痙攣になったので、僕は振り返って暖かいものの正体を見た。それは死神みたいなした安西 先生だった

「高屋敷君、人間というものはですね、そんなに簡単には死ねないものなんですよ」

呆れたような顔で僕の背中をさすりながら安西先生はそう言って、子供にしてみせるよう な溜息を吐く。僕はあんなに頑張ったのに、子供が水遊びで服を泥だらけにしてきたような態 度をされたから嫌になった。死ぬのが、嫌になった

「さあ、お医者さんへ診て貰いに行きましょう」

言いながら僕は持ち上げられる。まだ色んな所ががくがくしてるからそれで良いのだけれ ど、持ち上げ方がちょっといい加減だったから、落っこちそうになって慌ててしがみ付く。つ いでに聞いておきたいことがあったから、先生の耳に近付いて、胃液でガラガラする喉に鞭打 って聞いてみた

「じゃあ、どうすれば人間は死ねるの?」

安西先生は立ち止まって、僕を含めた全身で振り返って、僕の吐き散らかした残骸をちら りと眺めてから、向き直って玄関へ進みドアを開けながらこう言った


「グレープフルーツジュースを用意するべきでしたね」

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