安西先生とはぐれて 僕はとぼとぼ隅を歩く 賑やかなパレードも見失って 寂れた教会に行き着いた 丁度扉が重苦しく軋み 新郎新婦が出て来るところ 階段を下りてきたのは 銀盆に載った首と花嫁衣裳 首は安西先生で 花嫁衣装は僕だった 「じゃあ一体、僕は誰なんだろう」 「君は君ですよ。ただ、ドッペルゲンガーですが。お蔭で妻がたった今死にました」 「本当だ、立ったまま死んでる。ごめんね」 「責任を取って下さいな、新しい花嫁さん」 「嫌だよ、青髭伯爵の犠牲者の間違いでしょ」 「首しかないこの身体でどうして君を殺められましょうか?」 「そういやちょっと目を離した隙に体をどこに落っことしてきたの?フランケンシュタインだったの?」 「いや、これはヨナカーンのコスプレで…しかし体をどこに置いてきたのか、言われてみれば思い出せません。どこかで首なし生体を見かけませんでしたか?」 「首なし生体も死体もいっぱい歩いてたし落ちてたから判んないよ。早く探しに行かないと今日の晩餐の材料にされるよ」 「それは流石に厄介ですねえ。探しに行かなければ。高屋敷君、運んでくれますよね?」 「他にいないんだから仕方ないじゃん。よいしょっとー」 「ありがとう御座います、君は優しい良い子ですねぇ〜。無事体と財布が見つかったなら露店で棒付きキャンディを買ってあげますよ」 「あれ食べると体色が緑になったりパステルピンクになったりするからいらないです。あ、今あっちでなんか動いた」 「黒猫じゃないですか?」 「もっと大きいよ。でも、頭が無いにしては背が高かったかもー…どうする?追いかける?」 「行きません。追いかけると不思議な世界に行ってしまいますからね」 「それは白ウサギの時だけじゃないの?」 「まあ、それもそうですかね。では追いかけましょう。追いつけますか、君の短い手足でも?」 「バカにすんな!マンチカンだって結構走るんだよ!?故意に誤って落とされたくなかったら失礼なこと言うな!」 「はいはいすみませんでした。ならば走って下さいな」 「走ってるよ!…あれ、どっち行ったかな?ここ右に曲がってたのは見えたんだけど…」 「…あっちじゃあありませんか?この路地からまだ足音の反響が聞こえますから」 「どんな耳してるの?でも行ってみようか」 「気を付けて下さいね、君に反応して攻撃を仕掛けてくるかもしれません」 「脊髄に組み込まれてるんだ…その反射行動…あ!いた!あれそうだよね!?」 「おや…どこで拾ったやらジャックオランタンを頭にして。困った身体ですねえ」 「ねー僕攻撃されるんなら近付くのやだよ」 「大丈夫、思いっきり投げてくれたら取り替わります」 「アンパンマン?まあいっか。せい!!」 「だっ…!? どこ狙ってんですか陥没しましたよ!」 「わーごめん!!でも重くって無理だよー!」 「この役立たず…もう良いですよ。ちょっと待ってなさい」 「? …うわ…首だけで喰らい付いていってる…土中に埋められて届かない距離に餌を置かれて散々飢えさせられてから斬首したら首だけで宙を飛んで餌に喰らい付くあれみたい…」 「私を犬神扱いとは随分冒涜ですねえ。愚かが可愛い君でなければ、酷い目に合わせていたところです…さ、それよりこの身体をその家の中まで持っていきなさい。引きずっても良いですから」 「え?この家に?なんで?見るからに怪しいこの家に?」 「良いから早く、お入んなさい」 「んっしょ、んっしょ、ドア…あ、鍵かかってるよ?」 「ポケット」 「へ?」 「ポケット」 「ポケットって…僕の?…あれ?なにこれ」 「忘れたのですか?ここは君の家ですよ」 「そんな覚えない…でも開いちゃった。…見覚えあるようなないようなー」 「やれやれ、まだ思い出せませんか。君はここで、沢山お薬を作っていたじゃありませんか」 「クスリ?」 「そうですよ、可愛い魔女君。さあ急ぎでお願いしますよ、私の首と胴を繋げる魔法の薬。煎じ薬に塗り薬、貼り膏薬に水薬。君のお得意でしたでしょう?」 「できないよそんなの!料理下手なの知ってるでしょ?」 「料理は下手ですがお菓子作りはお手の物なことも知っています。棚を開ければ解ります」 「…これお砂糖だ…こっちはシナモンスティックで、マーマレード、アンゼリカで、カルダモン、パイ生地もあるしチョコシロップも…」 「可愛い魔女には可愛い材料。間違ってもネズミの尻尾や犬の目玉は似合わない。大きなお鍋に何でも放って、甘い甘いお薬を、早く作って下さいな?」 「……うん」 髪が入らないよう大きな三角帽子を被って 真っ赤で大きなお鍋を暖炉に掛けて 棚に並んだスパイスとシロップ 目に付いたなんでもぐつぐつ煮込んで 樫木のおしゃじでぐるぐるかき混ぜ 出来た薬を先生にあげた 「やあ、よく効くお薬です。すっかり元通りで傷の痕も見当たらない。ありがとう御座います、可愛い魔女子さん。お礼は何で払えば良いですかねえ?」 「うんとね、路地を出て向かいの、露店で打ってる棒付きキャンディがいいな」 「…それで良いんですか?」 「え?なんで?」 「いいえ、何でもありません。君が食べたくなったのなら、それで良いのです。では行きましょう。何本でも買ってあげますよ」 |