僕の視界はぐるりと反転

気付けば直ぐ目の前にある

嫌味なほどに整った食卓

嫌味なほどに磨かれた食器

嫌味なほどに完璧な安西先生

伏せていた目をついと僕に向け


「さあ、晩餐を始めましょう」


朗らかな笑顔で宣った



「高屋敷君、食器をカチャカチャ言わせてははしたないですよ」
「知らないよ、僕マナーとか覚える環境にいなかったし。そんなことより安西先生が食べてるその、それははしたなくないわけ?」
「女性器の赤ワイン煮が何か?」
「言わなくていいよ。…僕の方はアワビの赤ワイン煮ってのもだいぶ不愉快だし下品だけどね」
「美味しいでしょう?ちゃんと処理してありますからね。貝はどうも生臭くっていけませんから」
「うるさいな、美味しいよ。柔らかいし、高いんだろうね。アワビの偽者じゃないんだろうね?あれはトコブシだっけ?アワビを採る海女さんで怖い話があったね、おばあさんがアワビをくれるんだけど、普通に受け取ったら海に引きずり込まれちゃうから背中に張り付けて貰わなくちゃいけないんだ」
「おや、今晩はお喋りですね」
「気を紛らわせるくらい、いいでしょ?」
「勿論構いません。食事は楽しく語らいながらすると一層美味しいです。さあさあ次の皿が運ばれてきましたよ」
「…イカスミパスタの冷製スープ」
「大和撫子の黒髪の冷製スープ」
「それどうやって噛み切るの」
「何を馬鹿な、江戸っ子は蕎麦を噛まずに喉越しを味わうのが通で通っているんですよ?」
「喉に詰まらせて死んじゃえばいいのに」
「良いキューティクルですね。冷製ですから、熱でキューティクルの鱗が開いてもいませんし」
「ツルツルシコシコでおいしい。イカスミパスタってこんな風なんだ」
「シェフ直々の生パスタですから、特別にイカスミも沢山練り込んでいますからね。量が少ないと黒ではなくこげ茶に似た…セピア色になってしまいます」
「次の皿が来た」
「君の皿に乗っているのは?」
「子牛の腿肉ステーキ」
「白人女性の腿肉ステーキ」
「基本に忠実だね、先生は」
「先人に習うのは常に新しき発見があります」
「味はどう?」
「君が食べているものと同じです」
「新しき発見は無かったみたいだね」
「再認識は悪徳ではありません」
「食人は悪徳だって知ってる?」
「文化圏によってはね。さあ今度のお皿に乗っているのは…いえ、これは主食のおかわりだったようですよ。君のその柔らかできめ細かい白パン、もう半欠けもありませんねえ。沢山お食べなさい?大きくなれるように」
「安西先生がその柔らかそうで白くてきめ細かそうな切り取られた乳房をおかわりしてなかったら、貰ったかもしれないけどさ」
「おやこちらが食べたかったのですか?脂肪の量も丁度良くて上手く練り込まれたバターのよう。イースト菌に似た甘い香りも漂って、気に入ったならさあどうぞ」
「いらないよ。もう終わりにしたいんだよ。デザート、デザート!それでおしまい。それでいい?」
「ええ、良いですよ。甘くい甘いデザートはちゃんと用意してあります。そら大きなモンブランケーキには、ライチの種を抜いたところにちっちゃなブドウを詰め込んだ、可愛い飾りが乗っています」
「それに比べて、大きな脳味噌の上に目玉の飾りが載ってるデザートは甘くなさそうだね」
「生クリームと同じくらい脂肪分はたっぷりですがね」
「ごちそうさま、お腹いっぱいだよ色んな意味で。それじゃあ、僕もう帰るよ?二度と呼ばないでよね」
「お粗末様で。…でもねえ高屋敷君、帰らない方が良いと思いますよ」
「なんでさ、嫌だよ」
「ここに来た時、君はどうやって来ましたか?」
「自分で来たんじゃないよ。目の前がグルって反転して、気付いたらここにいたもの」
「ええ、そうです、反転したのです。だからねぇ、ここは逆さまの場所です。逆さまの場所で君は何を食べました?」
「なにって…悪趣味だけど、普通の料理だよ」
「そうですね、そうですねえ。ではね、もし君が帰るというのなら、もう一度反転しなければいけません。そして反転してしまえば、君が食べたものも反転する。私と君との胃袋の中身が、グルンと反転するんですよ。それでも、君はまだ帰りたいというのですか?」
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