ある日突然世界が灰色になった 比喩じゃなくって 本当に色がなくなってしまったのです 「僕の目がおかしくなったのかなあ、安西先生」 「いえ、そうではありません。私の目にもそう見えます。他の誰の目にもね」 「どうして分かるの」 「テレビでやってるじゃありませんか。大騒ぎをね。ああ、まるで昔の白黒テレビですねえ。これでは液晶もプラズマも、大打撃ですねえ?」 「つまんないこと言ってないで、なんとかしたらどうなのさ」 「おやおや?まるで私が何とか出来るかのように言いますね。私はヒーローでもなんでもありませんのに」 「それはできないってこと?それともできるけどやらないってこと?」 「さぁて、ね。原因を調べていないので、どうだか…」 「なら調べるくらいやってくれてもいいんじゃないのー」 「だから、どうして私がそんなことをしなければならないんです?何の義務もありませんよ」 「本当にもう、無気力なんだから…不便だとか思わないわけ?」 「何か不便なことでもありますか?」 「あるよいっぱい!信号だって、見間違いとかで事故がバンバン起きてるってほら、今ニュースで言ってるじゃん」 「大丈夫ですよ、どうせ一時のことですから。灰色の濃淡で見分けが付くようになるまでのねえ。虫なんかはそんな世界に生きているそうですよ」 「でも…今まで色のある世界で作ってきたんだから、色んなものが使えなくなるよ。それこそテレビとか」 「また新しく作れば良いじゃないですか。どうせ世界はもう暫く滅亡しやしませんよ」 「この異常が世界の滅亡の前兆な気がするけどー」 「ふむ、これは何の異常なんですかねえ?視覚の異常か、それとも…世界が壊れてしまったのか」 「あ、なんとかしてくれる気になった?」 「いいえ」 「こんの…!」 「そんなものどこぞの勇者かヒーローにでも任せときゃ良いんですよ。先生どちらかといえば世界をぶっ壊す方が好きですし」 「ばかー!」 「まあまあ、落ち着いてお絵かきでもしなさい」 「絵具もクレヨンも色が無いよ」 「そんな君に水墨画をお勧めしますよ」 「そんな商売上手はいらないよ」 「不満の多い子ですね…先生、腹が立ってきました。今初めて色の無い世界を憎く思いましたよ。君の頭をカチ割って赤い色を拝めないことにね」 「おっそろしいことを無表情で言うね…まあ動機はなんでもいいや。その怒りを異常解決に役立てて」 「無理ですよ。何度も言ってるでしょう、私は破壊しか出来ません」 「うそこけ。いつも僕をばらばらに分解してから異形の姿に組み立て直したりしてるじゃんか」 「それとこれとは話が違います」 「安西先生がそんなに役立たずだとは思わなかったです」 「君こそ酷いことを無表情で言いますねえ」 「だってだってよくわからない力を持ってるのにそれを積極的に世界に使わないだなんて絶対絶対勿体ないじゃないなに考えて…あ?れ?」 「ああ…色が戻りましたね。どうやらどこかの勇者かヒーローが頑張ったらしいですよ、良かったですねえ」 「………」 「何を不満気に睨むのです。異変が消えて何よりじゃありませんか」 「僕は安西先生を軽蔑します」 「また酷いことを」 「お話の登場人物ってのは、普通じゃ有り得ないことが起きたら、それに沿って何らかの行動をするべきだよ。それをしないなんて、安西先生は登場人物失格ですよう!」 「…高屋敷君、よく聞きなさい。私達の世界は、極々小規模なんですよ。この学校から出ることすら殆ど無いくらいにね?」 「それがなに?」 「我々には、成すべきことと成すべきではないことがあるのです。それは例えば、この小規模な世界だけで話を展開することであり、小規模な世界から逸脱しないことである…ねえ、君は広い世界…地球丸ごとや、宇宙丸ごと、もしくは運命、そういった世界に憧れがあるのかも知れません。それは悪いことではありません。君のような年頃は、そういった世界に憧れを抱くものですからね」 「だって、そっちの方が色んな事が書けるし、派手だし…」 「確かに私達の世界は小さ過ぎて、あまり沢山のことは書けませんし動きも小さいです。けれどね、これでも私は、この世界をいっぱいに満たす努力はしているつもりです」 「…?」 「濃度の問題ですよ。広い世界を満たすには、それなりの量が必要です。大きいけれどもほんの少ししか入っていない宝箱と、小さいけれどもぎっしり詰まった宝箱なら、後者の方が素敵に見えるとは思いませんか?」 「なんだか昔話みたいだね」 「物事の真理とはいつだって古臭く聞こえるものです。だからね高屋敷君、私達は世界を広げるよりも、まずこの小さな世界をいっぱいにする努力を続けようではありませんか」 「…うん…そうだね、それがいいのかも」 「解って貰えて嬉しいですよ。何せ君と私、二人でいなければこの世界を維持することだって出来ないんですからねえ。これからも宜しくお願いしますよ、高屋敷君?」 「こちらこそよろしくです、安西先生 …で、今の世界がいっぱいになったら世界を広げる気はあるの?」 「無いですね」 「やっぱり無気力じゃんか!」 |