「高屋敷君、これを食べなさい」
「土じゃん!食べるかあほー!」
「ふふ、土に見えますか?でもこれ、実は藍藻類や菌類の集合体の一種でしてねえ。日本の中部地方火山地帯に産生ます。天狗の麦飯、長者味噌、飯砂なんかとも呼びます。その名が示す通り、食用が可能なんですよ」
「騙そうとしているんだ…僕にそういう知識が無いのをいいことに…」
「そんな死んだ目で俯くことないではありませんか、本当ですよ。何なら私が食べて見せます」
「おいしいの?」
「いえ、味は無いそうですよ。ぷりぷりしていて海藻に近いとかなんとか。藍藻類や菌類となると、カロリーもなさそうですね」
「じゃあ食べる必要性が見出せないんだけど」
「愚昧な君にはそうとしか思えないでしょうねえ」
「土食べる方が愚昧だよ!」
「馬鹿な君を馬鹿でなくしてやろうという教師心が解らないから困りものです。先程私がこれを何という名だと言ったか覚えていますか」
「天狗の麦飯」
「ははあ、その程度の記憶力はあるようで」
「夜道で刺すぞ!それがなに!?」
「夜中に出歩いたら危ないから止めておきなさい。つまり、天狗が食すものであることですよ」
「…?」
「天狗は異能、超常のもの。彼等の食べるものを口にすれば君にも能が身に付くでしょう。同じ釜の飯を食べればそこの住人と同じくなるものです。イザナミが黄泉の国の食物を口にして黄泉の国の住人とされたようにね」
「って言ってもー、食べたってホントにそうなる訳ないじゃない。マジなら世に疲れた人々がこぞって山に登るですよ」
「勿論ですとも。これを食べるだけではいけません。飽く迄入門の食物…最終的には石を齧るようになって貰います」
「餓えさせるつもりなんだ!」
「違いますよ…いつもいつも私のことを信じませんねえ。良いですか、高屋敷君。仙人を知っていますよね?」
「知ってるよ、霞を食べて女の人の内腿を見て空から落っこちる人でしょ」
「ステレオタイプですがまあ良しとします。さて、前半部分の霞を食べるというのは無を食べて生きるの意です。基本的に彼らは食物を必要としません。しかし、仙薬を必要とはします」
「煎薬?」
「仙人の薬。最も、仙人の内でも下級の者は、植物等の煎じ薬を使うそうです。例えばこの天狗の麦飯のような、植物をねえ」
「あー、だから入門偏なの」
「そうですよ、噛んで含めないと解ってくれないお馬鹿さん。では本当の、高位の仙薬とは何であるか?それは鉱物を基にした薬。丹砂、金、白銀、五芝、五珠が最高で、その次に石麪の元となる石飴、雲母、雄黄がきます。その次が植物で、最後に動物系ですが、これは下位も下位ですから仙薬とは言えませんかね」
「そんなもん食べられるわけないじゃん」
「食べられるわけがないものを食べるから…養分にならない筈のものを糧とするから、能力があるのです。言ったでしょう?最初から石を食えとは言いません、まずは植物。次は植物に混ぜた石。少しずつでも良いんですよ、無能の君のことは先生よく知っていますから、ゆっくり付き合いますよ」
「だから夜道で防犯ブザー鳴らすぞ!」
「人が来る前に鳴らなくなるまで壊せば良い。ねえ高屋敷君、鉱物を食べる意味が解りましたか?液化した金を飲めばたちまち体は宙に浮き不老不死となるのが仙人の伝説。金の元となる賢者の石もまた、薬として服用すれば死を忘れるのが錬金術の伝説。鉱物ははその硬さ故に永遠の生命を思い起こさせずにはいられないのです」
「空飛べるとかはいいけど、不老不死は別に…」
「君に死なれたら、私はその後何で遊べば良いんです?」
「別の人間見付けなよ。…え?なに?先生死なないの?え?」
「そうもいきません、これでも君には大分手間も金もかけたんですからねえ。高が八十年で取り返せる程でもない。だから、さあ高屋敷君、この天狗の麦飯を食べなさい。これで生きられるようになったら、次は本当の、砕けた鉱石で出来た無機の粘土土を食べるんですよ。そうしてから石飴をしゃぶらせてあげます、その次は…」
「そうなれる前に死ぬわ!さっきからいかにも可能かのように語ってるけど、安西センセと違って僕一般人だからね?そんなカロリーないもんだけ食べさせられる時点で死ぬからね?」
「…そうですか、そうですね、君は無能の人間でした」
「納得したんならそれ持って帰れ!僕忙しいの」
「ならば仕方がありません。もっと簡単に空を飛べる程の力を授けてあげましょう」
「え?そんなのあんの?なら先にやってよ」
「ええ、本当に簡単過ぎて忘れていたのです。結局ね、霞を食う仙人だのなんだのって、死んで肉体から解き放たれたってことなんですよ。そうら肉と魂を引き剥がしてあげますよ高屋敷君☆」
「いぎゃあああああ!!?!」
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