(カチャン)




「あ」
「どうしました?…おやおや」
「割っちゃった」
「怪我はありませんか?体温計なんかで遊ぶからですよ」
「してないけど、このままじゃ死んじゃう」
「はい?」
「水銀で死んじゃう」
「ああ…体温計の水銀は金属水銀ですから飲んだりしても死にはしませんけどね。体に良いとは言えませんけれど、本当に怖いのは有機水銀です。…もっとも、どの場合でも気化してしまえば肺から吸収されるので、強い毒性を持ちます」
「じゃあなんとかしてよ!ここで理科教師らしさをアピールしなくていいから!」
「ははは、大丈夫ですったら。加熱でもしない限りはねえ。そこの箒とチリトリ取って下さい」
「えー、そんなのでいいの…」
「一番片付けやすい道具ですよ?理科教師を舐めないで下さいな。それより、ガラスの方が危ないです。どこかに飛んでいないと良いのですが」
「飛んでないと思うけどなあ、でも透明だからよくわかんないや」
「危ないですね…明日掃除機を借りて綺麗にしましょう。今日は他の部屋で遊びましょうね」
「靴履いてるのに」
「それでも、いけません。転んで手をついたらどうします。水銀の処理もありますし、第二理科準備室に行きますよ。鞄は?」
「持ったー」
「では、いらっしゃい」
「はーい」




「…なんだこれ…」
「うん?」
「このなんか仰々しい培養槽的な何かはなに?」
「培養槽だなんて、そんなSFなものがある訳ないじゃないですか」
「じゃあなに?ただのブタの内臓とか入れるガラス瓶?」
「違いますよ、かといってこれという名前がある訳でもないです。昨日思い付きで作った機械ですからね」
「なにが出来るの?」
「この中に人を入れて、水銀で満たすのです。そうすると、銀色の肌をした綺麗な人間が出来ます」
「SFだったじゃん」
「君の言うそれはスペース・ファンタジー?それともサイエンス・フィクション?それとも少し不思議」
「どれでもいいけどさ、いい加減原理の解らないことをしないでよね。それでも理科教師なの?」
「私は理科教師であって同時に………にも精通していますから」
「え、聞こえなかった」
「………です」
「あー、聞こえないままでいいや」
「高屋敷君、君は水銀がどれ程高貴か知らないのです。水銀は錬金術では初めの金属とされ、賢者の石を生み出すための重要な素材でしたし、それ自体が不老不死の妙薬とされました。その身に金を溶かしてアマルガムとする性質もその神秘性を増します。奈良の大仏はアマルガム化した金と水銀の混合物を塗って金メッキにしたのですよ。もし君が水銀化したら、私はその高貴さを讃えましょう。輝く肌はきっとこの世の誰より美しいです。勿論、銀を飲んで肌が青くなるようなものではありませんよ?ちゃんとカラスに連れて行かれそうなくらいにピカピカにしてあげます。絹の布で磨いて、曇りも無くして、ああ、きっと可愛い調度品になるでしょうねえ」
「結局物扱いじゃん。僕もう帰る」
「そう言って帰れたことが一度でもありましたか…っと」
「うわ、わわやめて持ち上げないで…投げ込まないで蓋しないでスイッチらしきものを押さないでー!!ぎゃー!!」










「な…何てことでしょう高屋敷君…先生、大変なことに気付きました」
「もう十分なんてことになってるけど、なに?」
「この機械は君の体の水分をそっくり水銀と取り替えているのですが、人体の70パーセントが水だということをすっかり失念していました」
「それがなんの問題があるの。僕としては夜自動車に轢かれなくなったくらいしか問題じゃない点を見付けられないけど」
「水銀は水の様ですけれども金属です。だから、水よりずっと重い…比率にして1:13.6。元の君の体重は?」
「45くらいだったかな」
「つまり、今の君は428.4キログラムもあるのです!そんな重さでは流石の私も膝に乗せてテレビだって見られやしません!」
「もっと早く気付いてくれてたら、そんな些細な問題以外の不都合にも負わずに済んだんだけどね!!」
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