安西先生の姿が見えなくなって 三日くらい経ったころ 急に旅行に行ったりするタイプだし そんなに気にしていなかった けれど就職指導室の机の上に こんなメモがあったものだから 「『携帯にかけて下さい』…もう何度もかけてんだけどね。繋がんないとこにでも居たのかな?んっと…(ペポペポペ)…」 (ピ 「やあどうも高屋敷君、先生ですよ。もう随分会っていない気がしますねえ」) 「たった三日じゃない」 (「そうなんですか。ちょっとこっちは時間の感覚が無かったもので」) 「どこにいるの?時間の感覚って…地下とか?」 (「いや、今はもうそこにはいないんです。ここは…そうですねえ、そこであってそこではない、背反にして表裏一体、どんでん返しの昼と夜」) 「切るね」 (「久しぶりに君をからかえて嬉しかっただけですよ、せっかちな子です。…まあ、完全に冗談かと言われるとノーなんですがね。ねえ高屋敷君、知っての通り、君と私は二人で一つ、二個一の関係です。セット販売です。抱き合わせ商法です」) 「ううん、僕はピンでも売れるし」 (「どこから来るんですかその自信は?…とにかく納得しなさいな。ここが通らなければ次にいけないでしょう」) 「じゃあ、うん」 (「大人と子供、保護者と被保護者、陰と陽、異常と正常その他諸々。元より我々は対極の存在が合わさっていた形です。磁石のN極とS極のようにねえ。だから、一度離れてしまうと、その距離はひどく遠いもの。君はずっと右の方にいて、私はずっと左の方にいるのです。しかし地球は丸いので、ぐるりと一周、離れていても正面顔つき合わせているのです」) 「…?」 (「つまり、私は今君と同じ場所、就職指導室に居る。但し、空間は微妙にずれているので、君の世界に私は居ないし私の世界に君は居ない。どちらかというなら、私が元いた一本道を間違えて、別の道から並走移動しているってところですかね」) 「うーんと、うーんと、わかりやすい言葉だと、パラレルワールドみたいなところにいるの?」 (「んー…違います」) 「違うのー?じゃあ僕わかんないよ」 (「パラレルワールドは同じ世界じゃありません。枝分かれして別の世界が同じ時間軸にあるだけです。さっきも言った通り、ここは君と同じ世界。ただ君と私との空間がずれてしまっただけなんですよ。羊羹で例えましょう。ここに一本の羊羹があって、それをよく研いだ包丁が真っ二つにしました。それを一pほどずらしてぴったり張り合わせる。それが今の私と君の居る空間です」) 「わかんなかったけどそう言うの悔しいからわかったって言うね」 (「君の素直さは大変長所だと常々喜んでいますよ」) 「それで、どうやったらそこから帰れるの?」 (「いやぁそれが分かりませんでねえ〜」) 「どうするのさ、こっちの世界だと先生の仕事山積みになってるよ?三日でこれだけ積もるって、普段どれだけ仕事していないかがわかるよね」 (「手厳しいですね。勿論戻る気はありますよ?その為に背反の君にお願いをしたいのです」) 「僕?いいよ、どうすればいい?」 (「簡単ですよ、ただ、君の右側の壁を思いっきり蹴ってくれれば良いのです」) 「なにそれ。やるけど」 (「お願いします」) 「まって、助走つけるから」 (「足を痛めない程度でね?」) 「…おらあぁぁ!!!」 (ガコン) (「…高屋敷君…」)< 「あれ?ダメだったね?それに電話もちょっとザーザー言ってない?」 (「高屋敷君…帰ったら、いえ、帰ることが出来たら、お茶碗と箸を持つ手をお勉強させ直しますからね…」) 「え?…あ!しまった間違えたー!!」 |