「ぎゃー!!」
「どうしました高屋敷君」
「どうもこうもなんてことしやがる!至近距離でストロボ焚かないでよ目がー!!」
「これは失礼」
「思ってないだろ!前が見えないよ前がー!」
「君の写真を撮ろうと思ったのですよ。とっても面白い写真が取れました。有名人でもないのにフライデーされたみたいな写真ですよ」
「目が…目が…」
「そんなに強かったですか?君の網膜に焼きついた光が現像できたら良いんですけれどね」
「そんなカメラじゃないんだから、ムリに決まってるでしょ…ああもうやっと見えてきたよ」
「しかしねえ、カメラは目の贋作なんです。通じるものはありますよ。やっと目の開いた君に面白いものを見せましょうか」
「先生のせいで目くらだったんだけどね。…なにこれ?昔のカメラ?」
「カメラであって、カメラではないもの。原初のカメラであって、またカメラとは道を別ったもの。その名もカメラ・オブ・スクラ。縮尺の覗き穴」
「安西先生の悪い癖だよ、その煙に巻くような話し方。演劇でもやってるの?もっと解りやすく言って」
「ピンホールカメラといえば解りやすいですかね。箱を用意して、その一側面に針で穴を開けます。そして箱を覗くと、箱の外の風景が穴と向かい合う面に、元とは逆さまとなって写って見える。昔は感光紙…つまりフィルムですが、それがありませんでしたから、映った世界をなぞって絵に描くような使い方をなされていたんですよ」
「あー、小学校で実験したかも。縮尺ってそういう意味かあ。…覗き穴はどういう意味?」
「覗きの構図のお話ですよ。ピーピングトムとは覗き見の意ですが、それらは総じて、暗い所から明るい所を、小さな穴から覗くのです。カメラにある一種のいやらしさは、この覗きの構図がいつまで経っても残っているから…いえ寧ろ、写真というもので後々まで残せるようになった今のカメラの方が、余計にいやらしいかもしれません」
「ほらまた解らなくなってきた」
「詳しく話しましょう。トムは愚かな男の名で、ある話から転じて覗き見の意味となったのです。昔、ある強欲な領主と心優しく美しいその妻がいました。重い税に苦しむ民の姿に心を痛めた夫人は、夫に税を軽くするよう頼みました。領主はお前が裸で馬に乗り、領地を一周したら軽くしようと言いました。夫人は躊躇いましたが、それを承諾しました。また、民はその話を聞き、夫人の裸身を決して誰も見ないように、その日は誰もが家に引きこもり雨戸を閉ざしてじっとしていようと決めたのです」
「まだ続くの」
「もう少しですから。…しかしここで愚かな男が登場します。彼は美しいその夫人に恋をしていたのです。その日、彼は暗い部屋の中、葛藤と戦っていました。美しい人の秘すべき姿を見たい、しかし見てはいけない。彼女を辱めてはいけない…解かっているのに、馬の歪めが立てる音が近付いた時、彼は矢も立ても堪らず雨戸を細く細く開き、眩しい光に照らされた、美しい夫人の裸体を覗き見たのです。御終い」
「はあ、暗い部屋から、細い隙間を通して、明るいところを…」
「秘すべきものを見たのです。さて、その絵はどれ程強く彼の記憶に焼き付けられたでしょう」
「だからカメラね。ふうん、ちょっと面白かった。でも、後々まで残せるからいやらしいってのはどういう意味さ?」
「そのままです。原初のカメラは決して世界の写しを後には残せませんでした。絵に書き写すなんて涙ぐましいことはしてましたけど。どんなに隠すべきことを覗いても、それは一瞬の事。複製してばら撒いたりも出来なかった。しかし、今のカメラにはそれが出来る。隠匿すべき一瞬は永遠となり、無限となった。酷い話です」
「はー…?」
「だからですね、君の半ズボンと下着をこう下ろすでしょう」
「なにしてんだテメエ!!?」
「電光石火で君が引き上げたので、君の恥部が晒されたのは一瞬です。しかし…えー…ああ、ありました、あの監視カメラのデータの中には、君の恥部が映っているので、永遠にデータが残りますし無限に印刷して号外記事に出来ます」
「その前に訴えるよ」
「後で消しておきますよ」
「それで結局、カメラは目なの?」
「さあ…?」
「さあって」
「限りなく目ではあります。だって、そのレンズ越しに数多の目が存在する筈なのですから。フェンダーを覗く目、写真を見る目、全てが被写体を見つめる目。カメラの目は、その集合体としての大きな目。好奇心の塊で出来たレンズ。だからこそまたいやらしい。一つの目なのに、沢山の好奇の視線を持っている。おまけにカメラは無人格で、本来個人という責任を持たされる立場の者たちは、カメラの向こう側で被写体に気取られないままぬくぬくと無遠慮に覗き見ている。ずるい人達ですね」
「ああ、マジックミラーみたいなもの?」
「まさに」
「んー…なら、つまり、被写体にならないように気を付けるしかないってこと?」
「勿論、悪意無きカメラの視線だってありますけれどね。それに、反撃の方法だって無いこともない。それは皮肉にもカメラに頼らねばならない方法でですが」
「反撃?」
「写真は真実を写すと書きます。さて、真実とは?」
「うーん?でも、写真はなんていうか…絵よりも主観が入らないじゃない?邪魔だからって何かを省いたりは出来ないんだし…だから、真実じゃないの?」
「そうですね、そのあまりに冷徹な複製によって、登場時多くの絵描きが首を括りました。ですが、先入観は大変危険な隠れ蓑。この写真を見て時間はいつ頃か分かります?」
「夕方くらい?空がオレンジだから」
「残念、これはオレンジのフィルター越しに撮られた朝の写真です。一体どこが真実を写せているのだか?」
「へえ、全然わかんなかった。そうか…嘘かもしれないんだね。嘘だと気付かないまま、見てるかもしれないんだ…」
「間に何かが介入している、それだけで自分自身の目で見るよりも嘘が入り込みやすいのです。勿論、自分の目を信じられるかはまた別の話ですけども。けれども直接対峙して覗き込む勇気を持たない者達には、相応のリスクがあると解かってくれたならそれで十分です」
「その嘘が面白い時もあるしねえ。僕、トリック写真とか好きだよ」
「よく論議を醸し出すのはスナッフビデオですね」
「?」
「殺人の様子を撮ったビデオです。定義上は、いわゆる写真ではなくビデオカメラで撮られたものであり、且つ事故などではなく、しみ真実娯楽の為に殺される様子を捉えたものでなければなりません」
「そんなのあるの?犯罪じゃん」
「あるといえばありますしないといえばない。都市伝説の一種ですしね。ここに一本のビデオがありますが、中には女性が銃で撃ち抜かれ息絶える一部始終が入っています」
「先生が撮ったの?撮ったんだね?じゃあ、警察行ってくる」
「まあ待ちなさいな、さっき言ったじゃないですか。それは本当に真実なのかと」
「…CGかもしれないってこと?」
「或いは、もっと原始的な、特殊メイクか何かかもしれませんね」
「ウソかホントかわからない?だからあるといえばあってないといえばない?」
「そういうことです。技術の発展は真実を捉え易くし…また同時に見つけ難くもしていくものです。殺人という隠匿されるべき表舞台に立たない非日常、それを覗きたがる者、その間に介入する嘘か本当か判らないカメラ。全てが悪意で出来た構図です」
「それもなんだか悲しい話だね」
「そうですね、先生、何だか話しているうちに悲しくなってきてしまいました。本当はこのカメラで君がワニに食い殺される様を撮影しようと思っていたのですが」
「なんかワニを三匹も引き連れてるなと思ったらそんな予定かよ!?やっぱりそのスナッフビデオ本物なんじゃないの?!」
「でも、止めにすることにします。だから高屋敷君、どうか私の目に直接、素敵な真実を見せて下さい」
「直接食い殺されるところを見せろって!?お断りだよ!」
「いいえ、いいえ、そんな隠されるべき暗いものではない、明るい世界です。笑って下さい、心からの真実で」



僕はその言葉を少し考えて

たぶん本心で言ってそうだったので

信用してにっこり笑った


そうしたら安西先生は眩しそうに目を細めて






「…駄目ですね。やはり私には、狭い隙間から覗くことしか出来ないのかもしれません」
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