「高屋敷君、最近お勉強なんてしています?」
「べんきょ?してる訳ないじゃん試験期間でもないのに。講義中はともかくとしてー」
「いけませんねえ、そんなことだから日本の国内総生産が減るのです。今日は文系らしく図書館へ行きましょう」
「えーやだー」
「首だけ連れて行くのでも構いませんけれど?」
「…行く…」
「良い子ですねえ」
「いーけどさあ、僕本読むの好きだし。でも無理やり連れてかれるとこでもないよね…」
「何をぶつぶつ言っているのです、行きますよ?」
「分かってるよぉ」
「じゃあ一回気絶して下さいね〜」
「なんでだあぎべっっ!?!


―――――――――――――――


「う…ううう、頭が割れるように痛い…ここどこ?」
「ここはバベルの図書館です」
「バベル?外国?」
「いいえ、バベルの図書館はバベルの図書館です。こここそが読書家の永遠の住家、そして永遠の牢獄。無限の上に建つ図書館です」
「安西先生の言うことはいつも意味が解んないなあ」
「高屋敷君、この部屋はどんな所に見えますか?」
「う?…えっと、そんなに広くないけど、六角形の不思議な形をした部屋で…そのうち四つの壁に本がぎっしり仕舞ってあるね。他の壁は、ドア、かな?真ん中には…なんだろこれ?柱?じゃないや、穴開いてて風入ってくるし換気口っぽいね。…大体こんな感じに見えるけど、図書館にしてはちょっと変わってる…」
「なかなかよく纏められましたね。ここは閲覧室といいますから、覚えておくと良いでしょう。…では、次にこのドアの向こうを見に行きましょうね」
「もう一個のドアは?」
「うん?…ああ大丈夫、直ぐにどうなっているか解りますよ」
「ふうん?」
「…はい、ここがドアの先です。ここはホールと呼ばれる場所ですが、どう見えます?」
「どうって…えっと、階段があるね、螺旋の…あと、入ってきたドアから見て正面に一つ、左右に一つずつ、ドアがあるよ」
「左右のドアを開けて御覧なさい」
「?」
「そちらのドアは寝室ですね」
「寝室?どこが?」
「立ったまま眠るようの寝室です」
「寝れるのそれ?…こっちはトイレだね」
「では、正面のドアを開けましょう」
「…あれ?僕間違えて入ってきたドア開けた?」
「いいえ、ここは確かに次の部屋です」
「ってことは…さっきの閲覧室の開けなかったドアの先って」
「はい、ホールに繋がっています。そしてそのホールはまた別の閲覧室に繋がっています。そして、この横の繋がりは無限に連なっています」
「…ホールの螺旋階段は?」
「上に行けば一つ上の層のホールに繋がっています、下に行けば一つ下の層のホールに繋がっています。そして、この縦の繋がりは無限に重なっています。…この本を御覧なさい?高屋敷君」
「へ?あ…う、うん…でもこれ、題名がなんか意味不明なんだけど?英語だし」
「良いから、開けて御覧なさい」
「……なにこれ」
「どう見えます?」
「小文字のアルファベットとスペースと…コンマとピリオドがむちゃくちゃに並んでるだけだよ。なにこれ?こんな本置いといてなんに使うの?」
「おや、そんなに種類が出たとは君は運が良いらしいですねaだけが最後まで並んでいるだけの本もあると言うのに」
「だからなにそれ?そういう変な本を集めた図書館ってことなの?」
「いいえ、ここは全ての本が集まる図書館です。良いですか、よく聞きなさい高屋敷君。同じ大きさをした410ページの、40×80の構成をしていて、使われるのは小文字のアルファベットとスペースとコンマとピリオドだけが使われた、その25文字で表現可能な全ての組合せを記した本が、ここには無限に置かれています。本の大半は意味のない文字の羅列でしかない。しかし、この図書館のどこかには、シェイクスピアの一冊があるでしょう。同じ本は二冊とない。されど嘆かずとも良いのです。どうせ一文字違いの本が、どこかにあるでしょうからね」
「組み合わせ?組み合わせってどういうこと?」
「三文字に例えて説明します。aaaの本があり、また別の本にはbaaと書かれている。次はbbaとなり、これが記号の尽きる限り続きます。3!25の本が存在することになるのです。それはつまり、13800の本が存在することになる。3文字で13800冊ならば、3200文字ならばどうなると思います?」
「そんな暗算できないよう!…でもでも、それなら結局限りがあるってことじゃない?天文学的数字かもしんないけど、有限じゃない?」
「ええ、君の言う通り。しかし君、本というものは一冊で終わるものでしょうか?」
「え?」
「上下巻組みなんてざらにあるではありませんか。高屋敷君、3200文字というのは決して檻にはなりません。ただの区切りでしかありません。もし上下巻であるならば、6400!25と言うことになる。上中下巻、大菩薩峠二十六巻、ペリーローダン。さて、これでも有限と言いますか?」
「…わかんなくなっちゃった」
「そこに足せる数がある限り、有限にはなりえない。濃度は薄れど、永遠の足し算は終わらない。∞(+∞) は終わりません。だから、ここは無限の図書館。バベルの図書館。こここそが読書家の永遠の住家、そして永遠の牢獄。無限の上に建つ図書館です」
「その殆どが、読めもしないでたらめな本なのに?」
「そう、だから悲劇。この喜劇を解決することが書かれた本は、無限の本の中に必ずあるでしょう。しかし、誰が無限の中からその一冊を探せるでしょう?求める者にとって最高の一冊が、絶対にどこかにあるのです。しかし、それを見付けることは無限の中から齎された奇跡を待つしか方法はない。ここは読書家の天国であり、地獄である。こここそが、バベルの図書館です」
「だから、僕はここでどうすればいいのさ!?」
「私は君をここへ置き去りにします。その後は知りません。この図書館から出る方法を探しても良いし、出る方法が書かれた本を探すのも良いでしょう」
「無理に決まってるじゃない!無限の中から一つだなんて、そんな奇跡起きる訳ないよ」
「ならば、そこの換気口から身を投げるのも良いでしょう。事実、ここでその道を選ぶ司書達も少なくない…果たして、無限の外に何があるか、無限の外はあるのかは知りませんけれどね」
「待って!安西先生、行かないで!!」
「図書館は無限、しかし君の命は有限です。無限の中に存在する小さな有限は、さてさて一体どこまで行けるのでしょうかねえ…?」
「先生!先生!安西先生ー!!?」

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