「高屋敷君、涙が宝石になるお話を知っていますか?」
「知ってるよ、いっぱい。よくあるモチーフだもんね。真珠なんかはそれ自体が涙と同一視されてるから、お葬式に着けていってもいい宝石で有名だし。涙は人体の分泌物で唯一〔綺麗〕なものだって誰か言ってたなあ。あ、目から水晶が出る女の子がいたよね、インチキだったけど」
「よく喋りますねぇ、私が言いたかったのですが」
「えへ。たまには僕も知識自慢したくってさー」
「では私は技量自慢をするとしましょうか。…じゃん、はいこれは何でしょう?」
「…小瓶に入った、うっすら桃色の水?」
「惜しいですねえ、これは小瓶に入った、うっすら桃色のお薬です。これを飲んだ人は涙が綺麗な宝石になるのですよ」
「どうやったら出来るのそんなもの」
「秘密です。…さて、高屋敷君はこれを飲んでみたくありませんかねえ〜」
「イヤって言っても飲ませるんでしょ?」
「それはもう、君が自主的に飲んでくれたら最高ですけれど」
「飲めばいいんでしょ。……うわ、なんかスゴいスパイシーな匂い!」
「味は悪くありませんから、さあぐいっとどうぞ」
「えー?まあいっか……んくっ」
「ドキドキしますね、それ臨床試験してませんし、もしかしたら死ぬかもしれません」
「先に言えー!!うわーん!!」
「おっと」
「…え?」
「ほほう、これはこれは…綺麗な黒い珠ですねぇ」
「わ…ホントに宝石だ!…でもどうして黒?透明じゃなくて?」
「ああこれはですね、涙を流した時に見ていたものの色を移すのです。差し詰め、私の髪の毛でも視界に入っていたのでしょう」
「そういえば、もし死んだらセンセがハゲるように祟ってやろうと思ってた」
「嫌なことを考えますね」
「自分が悪いじゃん。でもすごーい!もっと出来ないかな?」
「君が泣きさえすれば幾らでも」
「…」
「例えばそうですねえ、良いですか高屋敷君、私の手首をよく見ているんですよ」
「?…うん?」
「そしてここに刃物をあてて…っ」
「ふぎゃーー!?!」
「泣きましたね。ほら、沢山転がりましたよ。ああこれではどちらが私の血か判りませんねぇ」
「止血してよ!センセ死んじゃうよー!!」
「おや優しい。君が優しい分だけ珠が転がります。でも大丈夫ですよ、先生これくらいじゃ死にません。もう勝手に止まりましたし」
「あうー…」
「はい高屋敷君、私の血なんて滅多に見られませんよ?まあ、血とは言っても写しですけれど、大切にして下さいね」
「綺麗だけどいらないよー!」
「いりませんか」
「折角すごい能力ゲットしたのにおぞましい物生み出したくないよう」
「ふうん?では、飛び切り純粋で美しい宝珠を作らせてあげますよ。…そうですねえ、今日はよく晴れていますし空気も澄んでいますから…」
「寒っ!急に窓開けたら寒い!なに?!」
「まあまあ、いらっしゃい高屋敷君」
「また窓から外に出て…お行儀悪いよセンセったら。僕も出るけど。よいしょ!」
「…っとと、転びますよ。気を付けて」
「…寒ーい…で、なんで外出たの?」
「上を御覧なさい?空が綺麗ですよ」
「まあ綺麗だけど…でも、空見たって泣けないよ?」
「しかし、痛いと君はよく泣きますから」
「はえ?…うごおぉっ!!?あが…がはぁっ!?!」
「ふふっ…痛そうですねえ、瀕死の高屋敷君?でもうつ伏せに倒れないで下さいな」
「うぐっ!?」
「さあ優しい先生が君の血塗れの体を蹴り転がしてあげました、これで空がよく見えるでしょう?」
「う…あ、ああ…げはぁ!!」
「…綺麗ですね、空が…しかし、私の目で見るよりも、君が見ている空の方がずっとずっと美しい筈なんですよ」
「……あ……ぁ……」
「自然なんぞが本当に美しいと思えるのは死んで行こうとする者の眼にだけだ。…蓋し名言ですね?君もそう思うでしょう高屋敷君…高屋敷君?」
「………」
「ああ…これは、とても綺麗ですねえ…しかし泣き虫の君が涙一粒だけとは珍しい」
「………」
「まあ、一粒だから価値が出るというものです。生み出す君が死んだから、もう二度と作れもしませんし」
「………」
「世界でたった一つの、世界で一番美しい空の色をした、死の間際の涙を固めたこの宝石。可愛い君の忘れ形見として、大事にしますよ?高屋敷君」
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