「安西先生見て!なんかうろうろしてたら紅茶のお店を見付けてそこで自分だけの紅茶オリジナルブレンドティーを作りましょうフェアやってたからもう二度と作れないくらい頑張って色々適当に混ぜた僕のオリジナルブレンドの葉っぱだよ!飲んで!!」
「嫌です」
「なんで!!」
「適当に混ぜたものなんて飲みたくありませんよ。おまけに、万が一奇跡の美味しさだったとしたらもう二度と調合出来ないことで君を絞め殺してやりたくなりますもの」
「ぬう…先生は細かいことを気にするなあ。もっと気楽にお茶は楽しむものだよ?」
「君にお茶の何が解ると言うのです。午後ティーが一番美味しいとかほざく貧乏舌が」
「伊藤園の企業努力をバカにするな!」
「午後の紅茶はキリンブランドです」
「……負けました」
「良いですよ。丁度お湯が沸きましたし」
「え、いつの間に…って言うか飲むんだ?」
「怖い物飲みたさってやつでしょうか。…う、蓋を開けただけで変な臭いがしますね」
「そんなにヒドいと思わないけど」
「良くも悪くも個性的なです…」
「でも安西センセ紅茶淹れるの上手じゃない。きっとおいしく入るよう」
「煽てても何も出ませんよ?…しかし、紅茶を思うと、思い出す人間がいますね…」
「え?」
「実家にいた頃の話ですよ。使用人の…元は執事だったのですが、私が生まれてからは私付きの世話役に撤した男です」
「すげーマンガみたいー」
「もっと架空じみた話になってきますけど、続きはどうします?」
「聞く聞く、お茶請け代わりに聞く」
「良いですね、お茶を飲みながらなら喉も滑りますし…」
「ポットとカップ僕が運んだげる」
「ありがとう御座います。…さて、落ち着いたところで続きにいきましょうか」
「うんうん!」
「そうですねえ、イメージしやすいように外見も話しておきましょう。背は高くて痩せ形でしたが骨太で、髪は黒くてオールバック…あとは銀縁眼鏡をしていましたよ」
「執事っぽーい」
「漫画みたいですよねえ?」
「それで?その人が紅茶いれるの上手かったの?」
「というより、何でも出来たのですね。あの若さで執事なんてやっていたくらいですし、ジーヴス並みに有能でした」
「ジーヴス?」
「P・G・ウッドハウス。…私についた頃が二十二歳だったと思います。家庭教師、遊び相手、礼儀作法の講師、送迎と出迎え、教養の刷り込み、安西家の方針に基づくあれやこれや…皆あれが私にしたものです」
「人に危害を加えるやり方を教えるのも?」
「基礎は確かに教わりましたが、まあ教えられなくても自然に身に付いたでしょうね」
「環境がアレだろうしね。あ、その人の名前は?」
「山岸です。家族もそうですけれど、使用人からも随分過保護に育てられましてねえ。特に山崎は何があっても私の傍から五メートルと離れないのです。紅茶をいれると見せ掛けて熱湯をぶっかけたり、草刈り電動鎌で襲ったり、ドライブに出た先で崖から突き落としたり、色んな事をしましたが、気付けばいつも平然と私の斜め後ろに待機しているんですよ」
「………なにしてんの」
「たまに応戦してくるんです。と言っても山岸の方は余裕があって、遊んでくれていただけなのでしょうけれどね。底無し沼に鉄アレイ括り付けられて上空八百メートルから叩き込まれた時は死ぬかと思いました。まだ五歳でしたからねえ…ふふっ、後で大泣きして困らせてやりましたよ?お詫びでおやつにアップルパイを焼いたから許しましたけれど」
「な、仲良し…なのかな」
「…もう、随分昔のことですね」
「その山岸さんって、もう実家にもいないの?」
「ええ、十年以上前に。しかし今でも、あれが近くにいるような気がするのですよ。…ねえ山岸?なんてねえ」

『は、ここに控えております。何か御用で?聡美様』

「…え…」
「ふえ?」
『はは…驚かれましたか。御前がそこまで驚かれるのは、誕生日に殺人象を御贈りした時以来で御座います』
「山岸!?どうしてここに……いえ…いえ、そんなことはどうでも良い…ああ山岸!何年ぶりでしょうかお前の顔を見るのは…何も変わっていませんねえ?傍でもっとよく見せなさいな」
『おや、御立派になられても甘え癖は治りませんでしたかな?』
「山岸、山岸、ああ本当に何も変わっていない…全く、驚かせますねお前は!


 …あの時、殺した筈だったのに」


「え」
『私が生きているのは当然で御座います。幾ら御前が安西一族の秘蔵子で在られましょうと、若干十五の子供に殺されるなど。安西家に仕える従僕の名折れで御座いますからね』
「気に入りません。ならばさっさと出てくれば良かったでしょう?今更のこのこ出て来ても実家の執事の席は埋まっていますよ」
『御安心を、聡美様。私は変わらず御前の世話役を務めましょう。可愛い坊っちゃまの御側で、昔と変わらぬままに』
「要りません」
『つれない言葉を仰いますな。私の何が御不満であらせましょう?粉骨砕身貴方様の為に相努める覚悟でいるというのに』
「お前はもう要りません。私はもう子供じゃないのです…飛べるようになれば、巣を捨てるのは当然でしょう?」
『帰る場所を無くした者程雨が堪える身はありません。さあ坊っちゃま、昔の様に抱き締めて進ぜましょう』
「昔の様に?ならば、抱き締める腕には剃刀を仕込んでいるのですね。身を裂く古巣に何の価値があるのです?山岸、お前はこの私が直々に処分してやりますよ」
『これはこれは…老体には勿体無い御言葉で。ありがとう御座います御前、御優しいのも相変わらず……しかし、そう簡単にはいきませぬ』
「解っていますよ…あの時確かに殺した筈の、お前が現れた瞬間からねえ。山岸、どうやら私はお前を見縊っていたらしい。今度こそはしくじらない、恐れ多くもかしこみながら私の手で死になさい!!」


ズガオオォォォォォーーーンン!!!


『ほほう、流石は聡美様。破壊の力は格段で御座いますね…これは私も全力を出さねば…』
「あ、ちょっと待ちなさいな山岸」
『はっ』
「…うー…」
「よしよし、ごめんなさいね高屋敷、空気にしてしまって。危ないから向こうで見てらっしゃい?ほら、クッキーをあげますよ」
「うー」
「…と言う訳で山岸、あの子がいる辺りには気を付けなさい」
『は、御前。御言葉通りに』
「でも私は気を付けません」
「うおあああどういうことだそ(ドォォォン!ぎゃあああああぁぁぁぁぁーーーー!!!
『聡美様…外道ぶりも益々御健勝の御様子、何よりで(ドガァアアン!!)ぐうっ!?』
「お前は昔からくどくて話が長いから嫌いです。早く死になさい。早く、早く」
『ふ、ふふ…おお坊ちゃま、血塗れた姿も御可愛らしい。しかしその血が貴方様のものであればどうでしょうねえ!』

ズゴォオオオオオオ!!

「っと…ふん、おっさんになったお前はこんなものですか。昔より遅いのではありませんか?がっかりで…す……?(ザシュッズバシュッ!!)ぐあぁっ!?!」
『おや、おや、おや…いけませんなあ聡美坊ちゃま、一振りの攻撃で出来る傷は一つと限らない…昔何度もお教えしたことですが、御忘れになられましたか?』
「ちっ…」
『御実家を離れ氷室様の下に居られると聞いてはおりましたが、随分と甘やかされてらっしゃる。これは安西家に連れ帰って、再教育を施して差し上げねばならないようですね』
「御免です。特にお前がいる実家になんて絶対に帰りたくありません」
『これはこれは!嫌われたものです。しかし、憎まれ役こそ世話役の従僕というものか…力付くでも御連れしますよ。努々御命を落とさぬよう御注意を』
「注意するのは山崎、お前の方ですよ」
『強がりもまた可愛らしい…』
「そうやって萌えてるから隙を突かれるんですよ。馬鹿ですね」
『隙?やはり勘が鈍ってらっしゃるようで…隙が見えるというならば、どうぞ飛び込んで下さいませ。しかと受け止めて差し上げ…



ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!



「…嘘です。隙何て吐きません。ただ粉砕爆破するだけですよ」
「ち、力押しだね安西センセ…!」
「あれ、生きてたんですか高屋敷君?」
「衝撃の直撃は免れてたよ、爆風で吹っ飛んだから右腕折れたけどね!」
「へえ」
「物陰から見ていたけど、僕の思ってた【執事っぽい人】より割と変態だったね山岸さん…微妙に先生に似てたと思うな」
「汚いことを言わないで下さい。似ていて堪りますか」
「あ、ごめ…でもよかったじゃない!過去の因縁断ち切れたじゃない…いつから人の死を喜べるようになったんだろう僕」
「ふん、どうだか…今回の件で身に染みました。あのイカれ従僕、またどこかで生きているんでしょうよ。どこでニヤニヤ見ているのやら…全く、母様も嫌な男を世話役に据えたものです」
「え…ウソ…安西先生が敵わない人なんていたの」
「別に…敵わない訳じゃありません。幾らあれが私の教育係だったとはいえ、とっくにあれの力は越えています。殺そうと思えば殺せますとも。…でも…その、何と言うか…つい遊んでしまうのです」
「遊ぶ?」
「何だかんだ言って、あれは使える人間です。それに、昔から殺しあって遊んでいたから…全てが遊びになってしまう。遊びは遊びで、現実ではない。全てがごっこで、時間がくれば無かった事になる。殺したことも、無かった事になってしまう」
「じゃ、じゃあやっぱり安西先生も敵わない相手ってこと?!」
「…何を言っているのです?私のこの両腕があれを殺せないのなら、他の私の腕が殺せば良い」
「…え?」
「会長君、居るのでしょう?あれを殺してきて下さい。君と互角の力でしょうが、君なら勝ってくれますよねえ?」

『はい、安西先生。御望みのままに』

「…ふふっ。頼みましたよ、私は君を信頼していますからね。…さ、行ってらっしゃい」
『はい、安西先生』
「………」




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それからどれくらい経ったか忘れたけど

ある時血塗れの会長がやってきた

山岸さんの首を手土産に

安西先生はその首をホルマリンの壜に入れて

抱きながら窓辺で笑ってる





「ああ山岸、お前は確かに使える従僕でしたよ。鬱陶しくさえなければ、手元に置いてやっても良かったんですがねえ?」

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