……ヴー…ヴー…


「…また高屋敷君ですか。本当に、深夜に電話をかけてくるのが好きな子ですねえ

 もしもし?」
(「安西先生?」)
「携帯にかけて私以外の人が出たら嫌でしょう」
(「深夜にかけてるのは謝るから、そう邪険に扱わないでほしいですー…」)
「私これから寝るんですけれど」
(「まだ寝てなかったんでしょ?じゃあもうちょっと起きててくれてもいいじゃない」)
「用件を言って下さい用件を。明日殴られたくなかったらまともな用件を今すぐ考えなさい」
(「…言ったら絶対怒るし」)
「怒るような用件ならかけてこないで下さいな」
(「…」)
「…早く言いなさい」
(「…怖い夢見た…」)
「へえ、それは可哀相に」
(「やっぱり怒ったー!」)
「大学生が何ほざいてんですかね。明日会ったら蹴り飛ばしますから」
(「だって、だってホントに怖かったんだよ?センセだってあんな夢見たら絶対誰かに電話するよ」)
「どんな夢だったんです?」
(「それは…覚えてないんだけどさ」)
「ああ、そうですか」
(「ねえ安西先生、怖くない話してくれる?」)
「生憎怖くない話は切らしていましてねえ」
(「…ぐすん」)
「おっと…泣かないで下さいな高屋敷君、困りましたねぇ〜」
(「だって今日風強いし、ゴウゴウいってて怖いんだもん。さっきカミナリも鳴ったし、みんな僕を恐がらせようとしてるんだ」)
「そんなことありませんよ」
(「じゃあ、怖くない話してよ」)
「はあ…やってみますか」
(「うん」)
「そうですね、では、こんな話を知ってます?ある男の子が、怖い夢を見た話です」
(「僕みたい」)
「ええ、君のようです。…男の子が見た夢は、昔から今まで世界中沢山の人が見てきた夢の中でも、一番怖い夢でした。あんまり怖い夢でしたので、男の子は飛び起きました。でも、起きてもまだ真っ暗な時間だったので、布団に頭まで潜ったままどうすることも出来ません」
(「僕も潜ってるよ。ちょっと苦しいの」)
「窒息しないで下さいね。…さて、男の子は潜ったまま考えます。どうしてさっきはあんなに怖い夢をみたんだろう?」
(「どうしてだろう…」)
「男の子は辛抱強く考えました。どうせ怖くてもう一度寝るなんて出来ませんでしたから、頑張って考えました。うんうんうなって、時計の針が一回転した頃、男の子はあっと思いついたのです」
(「なにを?」)
「男の子は、いつも寝る前にしていた大事なことを、今日はしないで寝てしまったことに気付いたのです。それは、神様へのお祈りでした。明日も元気に起きられますようにと、神様に言い忘れていたのですね」
(「…いつもの大事なこと…」)
「そう。だから、男の子は慌てて布団から出て、急いで神様にお祈りします。そうしてから、また布団に戻って目を閉じました」
(「そしたら?」)
「そうしたら、今度はとっても素敵な夢をみたのです。だから、男の子は朝までぐっすり眠ることが出来ました。…おしまい」
(「いいなあ…」)
「この話には教訓があるのですよ。男の子が素敵な夢をみることが出来たお祈りとは、本当は意味の無いものなのです」
(「え?」)
「お祈りをしたから素敵な夢を見られたのではなく、〔いつもしていた〕お祈りを忘れたから怖い夢を見たのです。当たり前の習慣になっていることを忘れると、自分では気付かない心の隅っこにそのことが引っ掛かって、気持ちが悪くって、その不快感が怖い夢になって現われてくるのですよ。だから、このお話は、習慣の大切さを教えているってことですね」
(「ふうん…」)
「さて、怖い夢を見た高屋敷君?君にも忘れているいつものことがある筈ですよ」
(「え?…そうかな?」)
「そうですとも。君はね、今夜寝る前に、コップ一杯のお水を飲み忘れています」
(「…あっ!」)
「寝る前の水は体に良いから、君は毎日飲んでいると言っていましたよね。それを今夜に限って忘れてしまった。…さあ、急いで飲んでいらっしゃい?そうすれば、きっと素敵な夢を見ることが出来ますよ」
(「うん。……お水、お水……んく…んっく……」)
「…飲みました?」
(「うん、飲んだよ。…ふぁ……あふ…んぅ、なんかすごくねむたくなっちゃった」)
「ではベッドに戻って、布団をちゃんと肩までかけておやすみなさい。大丈夫ですよ、今度は怖い夢なんて絶対見ませんからねぇ…」
(「ふあー…うん、おやすみ安西センセ…ありがと」)
「いえいえ、どういたしまして」
(「じゃあ、ホントにおやすみなさい…」)
「おやすみなさい、高屋敷君。良い夢を…」
(「………」)
「…」
(「………」)
「…私も寝ますかねえ」
(「………うわー!?!!」)
「何ですか大きな声何て出して、寝たんじゃなかったのですか?」
(「そんなことどうでもいい!!それよりどういうことだ!?!どうして僕が今晩水飲み忘れたって知ってるんだーーー!?!」)
「………」


ブツン


「どういうことだ!どういうことだ!?答えろ…ってあああ切りやがったあの変態教師!!ちょ…もっ…うわああ怖いよ!!怖いよーーー!!!

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