雪が随分積もってそこらじゅう真っ白で

友達との忘年カラオケ大会から朝帰りの道

早く帰ろうと急ぎ足

そこに背後から声が掛けられました


「高屋敷君」


例によってそれは安西先生で

僕の目の前に人差し指を立てた手を近付けて


「これを見なさい。そのまま。ずっと」


軽く二三度振られたそれに僕は意識を持ってかれ

今度は自分の中の白い世界に落とされた



「…?」
「おや、もう起きてしまいましたか」
「なにここ…どこ?」
「母体回帰胎児退行システムの実験室です。もっと簡単に言えば、私の玩具置き場です」
「でっかいこれなに?」
「胎内カプセル…君が生まれ変わる為の場所ですね」
「生まれ変わる?」
「もう直ぐ新年ですから、今年といわず今までの人生に於ける煩悩全てを消し去ってあげようというのですよ」
「よく分かんないけど、記憶喪失にさせるの?」
「いいえ、胎児だった頃に戻すのですよ。君はもう俗世の悩みに可愛い胸を痛めることも無い、母の子宮の中で素敵な夢を見ながら眠っていれば良いのです」
「僕の人生において悩みの殆どは安西先生が原因なんだけど」
「…。さて、折角起きてしまったのですし、君にこのシステムの仕組みを解説してあげましょうか」
「もういいけどね別に。何年もセンセのせいで悩み放題だしね」
「この人がすっぽりと入るカプセル内には生理食塩水が半分ほど入っています。正確には電解溶液なのですが、塩分が大半ですから食塩水と言っておきましょうね。そしてそれは人間の体内温と同じ温度に設定され、また維持されるようにしてあります。つまり手っ取り早く言えば擬似子宮です」
「先生は擬似なんとかが好きだねえ」
「本来ヒーリング目的として作られたものでして、精神ストレスを感じている方にこのカプセル内に入ってもらい、約24時間過ごしてもらいます。中は暗く心臓の鼓動を模倣した音と振動が発生するので、あたかも母の子宮に戻ったような感覚を持ち、入った方には思考の停止若しくは放棄することが観察されます。なんでもとても安心感がある呆然自失状態だそうで…24時間後に出てきた時には皆口を揃えて生まれ変わった気持ちだというそうですよ」
「皆疲れてるからね」
「因みに都市伝説として、このカプセル内に入った100人に1人がそのまま消えうせてしまう。何てものがありますよ。そうそう、これと似た装置に飽和食塩水に満ちた暗闇のプールにぶち込み、音声、皮膚感覚、重力、視覚等といった感覚入力全てを断つといったものありますが、こちらはどういう訳か無くした感覚を補おうとするのか、極度の幻覚や幻聴を起こさせるそうですから、まあこちらは拷問道具と言った方が良いでしょう。正に苦痛と快楽は表裏一体だと思いませんか?高屋敷君」
「そうだねー…まあ拷問じゃない方なら入ってあげてもいいけどさー…僕紅白見たいんだよねー」
「もう紅白なんて何の権威もなくなってますからつまりませんよ。さあお入りなさい高屋敷君、これは更に改良を重ねた君の為のカプセルです。この中は完全に生理食塩水に満ちていて、酸素や養分は動脈に接続したチューブから取れるようになっています。外科手術は必要ですけれど、従来のものより一層胎児の状態に近い最新型なんです」
「なんで外科手術なんかしなくちゃいけないのさ、僕は穏やかに年越ししたかったんだけど」
「毎年穏やかなのもつまらないでしょう?偶にはバイオレンス名年越しでも良いじゃありませんか。ほら入りなさい?君の煩悩はこれで全て消え去りますからね☆」
「ホントかなあ…」





結局そのままカプセルに押し込まれて

生温い液体に浮かんだ様な気になりながら

僕は鼓動を感じている

108回目の心臓音を聞いた時

僕の意識はまた白くなり

そのまま二度と帰らなかった






「もう年が明けますね…けれど高屋敷君、君はもう年を数えはしませんよ。子宮の中で死ぬまで夢を見続けなさい?生まれてくるという、決して来ない日を想ってねえ」

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