「こんにちわあ安西センセ…?」
「こんにちは高屋敷君、少し床が汚れていますから気を付けて下さいね」
「なにしてるの?お絵かき?」
「はい。油絵ですよ」
「うー、変な臭いするね?油絵って臭いんだね」
「ああ、それは絵の具のせいだけじゃないと思いますが…」
「?」
「ちょっと死体があるんです」
「え!?あホントだ!!でかい箱あると思ったらそれ棺桶かよ!」
「知りませんか?中国かどこかで、腐っていく女性の死体を過程に分けて描いた話」
「だからって実行しなくてもいいでしょ?!うわこれよく見ると絵の具じゃなくて血膿!踏んじゃった!!」
「気を付けて下さいと言ったのに」
「くっさマジくっさ!!捨ててよそれー」
「先生油絵なんて初めてですから、描くのに時間が掛かるのです…だから、腐りにくいように冬場にやっているのですよ」
「ああそうですか。…いや捨ててってば」
「嫌ですよ、折角頑張っているのに。それとも君がモデルになってくれるんですか?」
「やだよ!」
「なら黙ってて下さいな」
「いやだよ臭いよなんとかしてよ」
「ふむ…まあ確かに寒くて換気も出来ませんしねえ」
「そうだよう、別に描くなら死体じゃなくてもいいじゃない」
「嫌ですったら、折角描いたものを投げ出せと言うのですか?」
「だって臭…もー!もっと綺麗なものとか可愛いもの描けないのー!?」
「…まあ、君がそこまで言うのならこれは止めにしましょう。しかし、今から別なものを書くというのは難しいですし…」
「やたー」
「………ああ、そうです。ねえ高屋敷君、先生お願いがあるのですが聞いてくれますか?」
「なあに?変なことじゃないならいいけど」
「君をモデルに石膏像を作りたいのですよ。頼めませんかねえ」
「えー微妙!なに?全裸?」
「普通はそうですね」
「じゃあいや!他の人に頼んで」
「私は君をモデルにしたいのですよ?他の人では意味が無いのです」
「だってヤだよー、全裸をよりによって変態の安西先生にジロジロ見られてあまつさえ形に残る物に創作されるなんて絶対ヤダ。芸術なんて言葉に誤魔化されないよ僕」
「では、今の着衣のまま小憎たらしい君に熱い蝋をぶっかけて蝋人形にしましょうか」
「アートって素晴らしいよね!全裸で繁華街駆け抜けてもアートだからなんの問題もないよね!」
「まあ君が嫌がると思っていましたし、簡単な衣裳は用意していますよ。さあどうぞ」
「衣裳って…これ、ただの薄い布みたいだよ?」
「身体ラインが出てくれなければ困るのですもの」
「えー、なーんか超気休めー」
「嫌なら燃やしますが」
「わーこの布超素敵!一反木綿みたい!」
「そうですね…ではその棺桶の上に横になってくれますか」
「寝るだけ?ポーズとかないの?」
「付けたいなら構いませんが、特に要望はないですよ」
「別に僕だって思い付かないけど、なんかつまんない像になりそうだなーって」
「大丈夫、可愛い君がモデルですもの。無闇にポーズを付けたら却って作品の質を落とすことになります」
「やだなーセンセったら誉め過ぎ!照れちゃうじゃん、そんな良いモデルさんじゃないよ僕ー」
「ふふ、まあ安心して下さいな。割と技巧は得意なタチです、多少君の身体に手を加えて造形するつもりなんですよ」
「?それって羽とかー角とか?」
「んー、ちょっと違いますが、出来てからのお楽しみにしましょうか」
「ふーん?まあいいや、がんばってねセンセ!…ところで石膏像ってどうやって作んの?」
「私は油粘土で原型を作っています。その後は…そうですね、実際に見せてあげますよ」
「ふぅん…わ、そんなに粘土使うの?」
「等身大ですからねえ」
「時間掛かりそー」
「眠っていて構いませんよ、空調も暖かくしておきますから…それに、眠っていて貰えた方がやりやすいですし」
「そう?じゃあ、おやすみなさーい」
「おやすみなさい、高屋敷君」



「……うー…」
「おや…おはよう御座います、高屋敷君」
「おはよーセンセ…あれー粘土は?終わったの」
「ああ、あの中です。型取り中ですよ」
「シリコンで型取るんだ?」
「はい。それに石膏を流し込むのです。…それは良いのですが、そんな格好でウロウロしないで服を着ましょうね?」
「だってこの部屋暑いから」
「今温度を下げますよ…全く、赤ちゃんですねぇ君は」
「ねーなんでこのシリコン白いの?透明じゃないの?」
「ん?」
「見えないじゃん、僕モデルしたのに」
「ああ…ふふ、良いじゃありませんか、完成してからのお楽しみですよ。さ、向こうの部屋に着替えがありますから」
「なんで向こうの部屋?」
「これから型抜きをするのです。君にはまだ内緒にしていたいですからね」
「ふーん…じゃあ着替えてくるね」
「はい、いってらっしゃい」




「着替えたよぉ安西センセー、型抜きできたー?」
「高屋敷君、ボタンを吃驚するほど掛け違えてますよ」
「むー」
「型抜きはもう済んだのですけれど、次はその型に石膏を流し込んで固めているのですよ」
「このシリコンの中?」
「ええ、この型の中に君が居る訳です。まだ熱いですから触らないようにね」
「熱いの?なんで?石膏像って焼かないよね?」
「固まる時に熱を出すのです。石膏の量が多い程熱量も増えますから、これに触ったら火傷してしまいますよ」
「ふぅん…」
「固まるまでだいぶ掛かりますから…そうですね、お菓子でも買いに行きましょうか?」
「うん!僕アイス食べたい!!」
「では出掛けましょうか。ちゃんとコートを着て下さいね」
「はーい♪」



「…結局二時間程ブラブラしてしまいましたねえ…」
「アイスーアイスー!」
「もう固まっている頃でしょうか?私は型から出してきますから、君はアイスを食べて待ってなさいな」
「はあーい」



「…うん、なかなか良い出来ですね。高屋敷くーん?こっちにいらっしゃいな」
「出来たのー?」
「ええ」
「うわーホントだすごおげええええぇぇぇぇ!!?
「おや、折角食べたアイスが床に」
「おぐぶえぇっ!おげへっ!!うおええええ!!」
「背中摩りましょうか?」
「いらん!!」
「そうですか」
なんだこれはー?!キモい!!怖い!!二目と見られない!!腐乱死体の彫刻じゃん!!?
「そうですよ」
「なんでしれっと答えるの?!こんだけ引っ張っといてさぞかしキレーで立派な石膏像が出来るのかと思ったら結局グロかよ!?油絵となんにも変わってないよ!僕をモデルにしてる分余計性質が悪いよ!!」
「何を言うのです高屋敷君。これは中世から伝統的に行われる彫刻様式ですよ」
「嘘を吐くなぁ!!」
「本当です。証拠見たいですか?」
「あるならね!…うわ今また見ちゃったぶおげへぇぇ!!」
「吐き過ぎですよ君…ええ、と…ああこれです。この美術書の、このページですね」
「はあ、はあ…これ?……おげええええええええええ!!!」
「ちょ…汚さないで下さいよ?貴重な本なのですから」
「もう胃が空っぽだよ!!なんなのこれ怖いーいやーホントにいっぱい作られてるよー!」
「ペストが流行ったと同時期にこれもまた流行りました。感覚としては、骸骨が陽気に踊る絵画『死の舞踏』と似たようなもので、死を思うが故に作られた哲学的な像なのです。王族なんかは死後一週間、一月、半年、一年といったような段階的な腐乱像を作らせたそうです。勿論生前から着手するのですよ」
「うー解説聞くとなんとなく解らなくも無いけどー…やっぱ気持ち悪い!…ところでこれ作ってどうするの?玄関にでも飾んの?」
「墓の傍に立たせるんですよ」
「…え?」
「と言う訳で、折角作ったこれも有効活用しませんとね」
「いやいやいや石膏の塊持ち上げないで…ぎゃああああああああーーーーー!!!

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