「今晩は、高屋敷君」
「…こんばんわ、安西先生。相変わらず作り笑顔が上手いですねー」
「ひどい事を言いますねぇ〜。あまり機嫌を損ねると、玩具は持って帰りますよ?」
「オモチャ?」
「はい。これですよ」
「トランクじゃん」
「玩具は中身。さあ鍵をあげますよ、開けて御覧なさい」
「クリスマスにはまだ早いけど…んしょ…うわっ!?」
「おっと。…やれやれ、もう少し優しく扱えないものですかねえ」
「人…じゃないよね、…人形…?」
「はい、機械仕掛けのオルゴール人形ですよ。可愛い女の子でしょう?」
「…うん」
「気に入って貰えましたか?」
「うん…うん…」
「…それは良かった…では、この子は正式に君のものです。この螺旋を渡しておきましょう、気が向いたら巻きなさい?きっと目覚めて歩き歌うでしょうよ…ああ、この眼鏡もついでにどうぞ。よく解りませんけれど、同じトランクに入っていましたもので」
「うん…ありがとう先生…」
「どういたしまして。それでは失礼するとしましょう、君達の蜜月を邪魔しないようにね」
「…名前は?」
「はい?」
「この子の名前は?」
「……オランピア」
「オランピア?」
「ええ…可愛がってあげて下さいね」
「うん…オランピアか…オランピア…オランピア…」
「ふふっ…さようなら、高屋敷君。オランピアと仲良くねえ…」


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【…安西教員】
「は?…ああ、学長じゃありませんか。何か?」
【物置にあったオートマタドールが見当たらん。知らないか】
「ああ、それでしたら昨日高屋敷君にあげてしまいました」
【何?】
「随分気に入っていましたよ。別に構わないでしょう?もともと氷室さんが家の倉から処分に困って持ってきたんですから」
【…あのな聡美、あれは…】
「呪い人形ですよね。知ってます」
【…】
「馬鹿は皆虜にするオランピア。さてさて高屋敷君はやっぱり馬鹿な子だったようです。…しかしまあ、とっても幸せそうでしたし、とんとんじゃないですか」
【しかしな、あれは人を己に縛り付ける。もう人形以外は目にも入っていないだろう】
「良いんですったら。第一、それが目的なんです」
【うん?】
「私にとってのオランピアは杭。高屋敷君をあの部屋に打ち付けて置く為の、ね」
【…そういうことか】
「何、人形が二体になっただけですよ氷室さん。世話は私が焼きに行きますし。何の問題もありません」
【お前は昔から、玩具に直ぐ飽きて壊す子だったがな】
「子供の頃の話ですったら…さ、そろそろ行ってあげた方が良いですかねえ」


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「…高屋敷君、こんにちは」
「…」
「おや可愛らしい。そんなにしっかり抱き合って…」
「…オランピア…僕のオランピア…」
「でもねえ高屋敷君、知っていますか?オランピアとは、フランスでは娼婦の源氏名の代表なんです。君の愛しいオランピアも、昔何処かの誰かに何度足を開いていたのやら」
「…オランピア…」
「だからそう、君をその性悪女から助けてあげましょう。ミューズの名の下にその如何様人形を壊してあげます。さあお立ちなさい、そして二人で踊りなさい?さすれば君は己の愚かしさに気付くでしょう」
「…オランピア…?」
「ほうら、もう襤褸が出てきた…ステップは早過ぎる、歌は調子っ外れで早口に過ぎる、まるで何にも解っていないようにそれを直そうとしない…」
「オランピア…オランピア…!!」
「ん?首が落ちてしまいましたね。それでも歌は止まらない、手足は千切れそうなのに速さは加速度的に増していく……おっと!」
「あっ!?」
「可哀想に、大丈夫ですか?まあ…あの速さについていけるのは機械だけでしょうからねえ…そら、手足が千切れた。もう踊れない…歌も直に止まる…」
「オランピア?オランピア?」
「いけませんよ高屋敷君、もう解ったでしょう?それはただの人形です。君の愛したオランピアはもういない。いいえ、最初からいなかったのです。ただ君の心の中にいた幻影でしかない」
「どうして…どうして…オランピア……僕のオランピアが…!!」
「可哀想な高屋敷君…あんなに愛していたのにねえ…」
「先生、安西先生、僕、僕…!」
「大丈夫、君は一人じゃありませんよ。私の所にいらっしゃい?私は壊れたりなどしませんから…」
「…安西先生…安西先生…」
「良い子ですねぇ…安心なさい、きっと大事にしてあげますよ、高屋敷君?」


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【…で、結局高屋敷君を人形にした訳か】
「ええ、誰かを操るには大事なものを壊せと昔から悪役が言うじゃありませんか」
【大事なものまで用意してやる悪役は珍しいがな】

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