「…おや、高屋敷君。久し振りですね」
「……」
「高屋敷君?何故そう柱の影からこちらを睨むのです?最近は君が就職指導室に来ないので、自ずと怒らせるような嫌がらせはしていないと思うのですが」
「…見た」
「は?」
「僕見たよ、あの晩の事」
「…はあ?」
「前々から疑ってたけど、やっぱりだったんだ…僕にツテがあったらクルースニク呼んでるところですー」
「クルースニク?ああ、吸血鬼を殺せるといわれる伝説上の人々の事でしたね。…そんなもの呼んでどうするんです?」
「とぼけてる」
「は?」
「見たって言ったでしょ」
「ですから一体何を?」
「五丁目の路地裏で」
「はあ」
「女の人の首筋に噛み付いてる人」
「ほう、変態性欲者でしょうかね」
「安西先生だった」
「…はい?」
「吸血鬼だ!!日光にあたっても平気だから相当真祖の吸血鬼だ!!生半可な吸血鬼ハンターでは太刀打ち出来ないような吸血鬼だ!!」
「高屋敷君、大学生にもなって吸血鬼など信じて…そんなようなシリーズ小説がありましたっけね、怖がりの癖に恐怖小説を読むのはあまり勧めませんよ」
「まだとぼける気かこの生ける死人が!!」
「黒い白馬みたいですね」
「日曜教会でロザリオも聖水も貰ってきたし僕には指一本触らせないからね!消え失せろ!!」
「酷い言われようですねえ…何言ってるんですか、私は吸血鬼なんかじゃありませんよ。何ならニンニクでも丸かじりして見せましょうか?」
「安西先生レベルの吸血鬼ならニンニクの踊り食いくらいできるに違いないですー!!」
「君が吸血鬼の何を知っていると言うのでしょうね。自分のことすらよく知らないような自我未発達なガキのくせに」
「ガキじゃないもん大学生だもん!!バカ!飢え死にしそうになっても血ー飲ませてなんかあげないんだからね!!」
「だから違いますったら…面倒臭い子ですね、どうせ見間違いでもしたのでしょう、夜中に子供が出歩くからですよ。君がその変態性欲者の餌食にならなかったのが不思議なくらいです」
「ウソウソウソ!だって顔はっきり見えたもん!!」
「ならば夢でしょう。夢にまで私を見るとは随分愛されているようですね」
「キモい」
「…」
「ごめんなさい!!」
「解れば良いのです」
「でもあれは夢なんかじゃないですー!!大体センセだって僕に気付いてたじゃんか、目が合ったもん。そんでぞっとするような笑い浮かべたじゃんか!僕半泣きで逃げたよ!!」
「ああ煩い…そんな記憶ありませんよ」
「この吸血鬼!!人食い!背徳者!変態!サディスト!バカ!詐欺師!非常識人!ドS!セクハラ教師!!」
「後半もはや吸血鬼関係ないじゃないですか。君の私怨で罵るのを止めて下さい」
「警察と教会の両方に通報してやるー!!このセクハラ暴力教師め!!」
「完全に関係なくなりましたね。…ねえ高屋敷君、私は違うと言っているのに君がそうまで言い張るのなら、先生にも考えがありますよ」
「なに?」
「本当のことを言うのです」
「…え?」
「否定をされた時点で引き下がれば良かったのに…」
「ひ、あ」
「君は可愛いから、もう少し一緒に遊びたかったのですが…」
「いや…ウソ、ウソ…!」
「嘘じゃありません。君が見た事と同じ…本当の事ですよ!!」
ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!?!


―――――――――――――――


「…ぺっ!

……高屋敷君たら、最近夜更かし気味ですねぇ…血がザラついて不味いったらない…こんなものが飲めますか、馬鹿らしい。大体血で生きるなんて非効率的じゃないですか。いくら私に人肉嗜食の趣味があろうと、これは飽く迄嗜好品ですよ

…聞いてます高屋敷君?まあ、聞こえちゃいないでしょうが。起きたら教育的指導ですからね。先生物分りの悪い聞き分けの無い子は大嫌いです」


『安西先生』


「ん…おや、会長君ですか。如何しました?」
『御耳に入れたいことがあります。時間を頂けるでしょうか』
「構いません、言いなさい。但し機嫌が悪いので手短にね」
『はい、安西先生。先日から夜半の婦女子通り魔殺人事件が多発していた事をご存知ですか?』
「いいえ?」
『我が大学校の学生も犠牲になったもので、生徒会で調査していたのですが、その犯人と思しきものを先程駆除致しました』
「へえ、それはご苦労様。しかし何故私に報告するんです?学長にでも言えば良いじゃないですか」
『申し訳ありません、安西先生。しかし、その犯人の外見からして安西先生にご報告差し上げるのが最良かと判断致しましたもので』
「外見?」
『は、これがその首です』
「………おや、おや…これはこれは」
『ご覧頂いた通り、顔立ちが安西先生と少々似ていましたもので。更に、口内をお確かめ頂ければご理解頂ける通り…』
「成る程、尖った犬歯ですね」
『はい、安西先生。つまり、これは吸血鬼かと』
「ふうん…そろそろハロウィンですしね、化け物が出て来てもおかしくない時期でしたか。…しかし下品な顔ですね。幾ら似ているとはいえこんなものと見間違えられたのでしょうか?高屋敷君には主人が誰かをもっとよく教え込ませる必要がありますねえ」
『僭越ながら、高屋敷君がこれを目撃したのは夜の路地裏です。狭い暗がりでは間違えても不思議ではないかと』
「……ま、半分本当だったと言う事で…高屋敷君へのお仕置きは無しにしてあげましょうかね」
『それが宜しいかと存じます、安西先生』




―――――――――――――――




「……と、お仕置きを無しにしたは良いですけれど…」
「…んー…」
「忘れていました、高屋敷君は馬鹿だから思い込みが激しいのだと言う事を」
「んう?」
「ねえ高屋敷君…あれは冗談だったのですよ、私は吸血鬼じゃありません。だから…」
「んー…♪」
「咬まれた君も、吸血鬼になどなっていないのですよ」
「安西センセの血って緑色でおいしいっ♪」
「ああ、全然聞いてませんね、高屋敷君」

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