ガララ


「こんにちわぁ、今日も寒いね安西先生」
「ああ…君ですか、高屋敷君…」
「僕だけど、なんか元気ないねセンセ」
「…はあ〜…早いとこ世界が終わりませんかねえ…」
「う?どうしたの安西先生、嫌なことでもあったの?金も権力も美貌も腕力も知能もその他諸々手にしている人生の勝利者の癖に厭世観なんてすっごく生意気!佳人薄命って言葉は素晴らしいと僕思うな、どっか行っちゃえ!」
「高屋敷君、私は君の笑顔が割と好きですけれど、その笑顔は全然ちっとも全く気に入りません。ぐちゃぐちゃにされる前に引っ込めなさい?」
「…」
「大体人生の栄転でも鬱になる方はいらっしゃるのですから、あまりそのような事を口にしてはいけませんよ」
「ごめんなさい…」
「解ってくれたら良いのです。さあ、私と一緒に世の崩壊を祈りましょう」
「だからなんで?なんかヤなことあったのってばー」
「いいえ別に?」
「じゃあなんで世界に滅んで欲しいの?」
「決まっているじゃないですか、壊れ行く物がとても美しいのは君も知っているでしょう?だから滅んで欲しいのです」
「また凶悪思想の電波受信か…」
「大丈夫、世紀末救世主が出るような崩壊にはしませんよ。ゆっくりゆっくり、まどろむような終末です…シャボン玉の割れる瞬間を見たことがありますか?高屋敷君」
「ない」
「出来た最初は平行な虹の球体です。しかし次第に虹の色彩は渦の様に入り混じり混沌と化し、薄くなっていく。終わりの予兆はポツポツと現れる黒い点でして、そこはナノミクロン単位の薄さなんですよ。その黒点が次第に増え、大きさを増し、球体が耐えられなくなったら…壊れて消えた、ってね」
「電波はもういいから」
「♪シャーボンだーまー飛ーんーだー…屋ー根ーまーでー飛ーんーだー…」
「ねえ安西先生、黄色い救急車は119で呼べないんだっけ?」
「ん?ああ、呼べませんよ」
「そう、じゃあ普通の救急車でもいいから呼んどこっかな」
「はは。何言ってるんですか高屋敷君。普通の救急車だってもう来やしませんよ」
「え?…どういうこと?」
「簡単ですよ、もう誰も生きていないからです。だから救急車を運転する人だってもういません。私達以外、皆死にました」
「…なんで?」
「それはもう、世界が終わるからですよ」
「…?…」
「いらっしゃい高屋敷君、ほら、窓からお空が見えるでしょう?」
「うん…見える…?」
「見えますか?」
「見える…見える、見える、あれ、なに?」
「穴ですよ」
「穴?」
「お空に開いた穴です。本当はまだ開いていませんけれど、とてもとても薄くなっているから、開いてるのと同じことですね」
「穴…」
「あとどれくらい経てば、人間以外の生き物も死んでしまうでしょうね。植物や昆虫は死ぬのが遅いでしょうけれど、一週間もすれば動く物は何も無くなってしまうと思いますよ」
「…僕も?」
「うん?…ああ、君は死にません。そういう風にしましたからね。ご飯の心配はしなくても大丈夫ですよ、そういう風にしましたからね」
「……」
「そうそう、私は死にますよ」
「え?」
「君以外が全て死んだ後に、ですけれどね」
「…どう、して」
「さあ?その方が面白そうだと思っただけです」
「…」
「ふふっ、どうしたのですか高屋敷君?そんな顔をしないで…まだ私は死にませんよ。だから、死ぬ前に沢山一緒に遊びましょう?」
「…穴が…」
「はい?」
「穴が開いたら、どうなるの?」
「ああ…穴が本当に開いてしまったら、この世界が無くなるんです。君を除いて全ての物が何にも無くなってしまうのです。つまり、君が世界になるという訳ですね」
「僕が…どうして…」
「きっと今までの世界よりもずっと可愛い世界になりますよ。だから、今の世界が消えてしまう前に、私と一緒にお散歩へ行きませんか?」
「…うん」
「人がごろごろ転がっていて、きっと面白いですよ。さあ行きましょう、寒くないようにきちんとコートを着ましょうね」




安西先生が死んだのは

それから十一日と二時間後のこと

穴が開いて世界が無くなったのは

それからすぐのこと


僕は僕以外を知覚出来なくなり

僕が全てで全てが僕


それでおしまい

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