夕暮れ時のお散歩をしていると

バッタリ安西先生に会いました


「こんにちわー…じゃないや、こんばんわかな?」
「どちらでもどうぞ」
「じゃあこんにんば、安西先生」
「…こんにんば、高屋敷君。散歩ですか?」
「うん!先生は?」
「私も散歩です。もう夕方出歩けない寒さになりそうなので今のうちにね」
「今年は夏全然無かったもんね」
「北海道とはいえひどいものです…ところで高屋敷君、君も散歩ということですし、一緒に如何ですか?」
「うんいいよ。お菓子買ってくれる?」
「良いですよ」
「じゃあいきましょー、どっち行く?」
「ここを右に行けば公園がありますから、そこでジュースでも飲みませんか」
「僕ガラナー」
「はいはい」


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「わー!僕この公園来たことなかったけど広いんだね、自販機どこ?」
「あの街灯の奥にありますよ」
「ホント?じゃー僕買ってきたげますよぅ。センセなに飲むー?」
「コーヒーをお願いします。ブラックでね…はいお財布、落とさないようにして下さいよ?」
「こんな短い距離で落とさないよ!んじゃちょっと待っててねー」
「ええ、転ばないように気を付けて…」



「買ってきたよセンセ、はいコーヒー!」
「はい、ありがとう御座います。ご苦労様」
「ベンチもあるんだね。可愛いベンチー」
「はしゃいだら転げ落ちますよ。落ち着かないとガラナも零れてしまいます」
「平気だもん!」
「ふう…ところで高屋敷君、夏休みの課題のレポートは進んでいますか?」
「うー…びみょー」
「いけませんよ、ちゃんとお勉強しなければ…」
「わかってるよう」
「どうでしょうね?」
「むー、ホントにわかってるもん!…ただちょっと実行が伴わないだけで…」
「……♪森のーくーらーがりでー僕とー…不思議なー遊びをしようー…」
「なんの歌?」
「さあ…何と言いましたっけねえ…」
「気になるー!」
「それはそれは、すみません。…そうですね、お詫びに良い所に連れて行ってあげましょうか」
「いいところ?どこー?」
「…この奥へある森の中に、私のお気に入りの場所があるんです。良ければ行きませんか?」
「先生のお気に入り?へえー、どんなとこなの?」
「森の中心でしてねえ、とても静かですが木々の葉擦れや呼吸の音がして、何とも言えず落ち着くのです。あまり気に入ったものですから、森を一部買い取って私有地にしてしまいました。…花畑を作ったり、簡単な小屋を建てたりしたので、きっと君も気に入ると思いますよ」
「ホント?行きたい!…けど、暗くなってきたしー…暗い時森入っちゃ迷うからダメなんでしょ?」
「大丈夫、私は夜でもよく入りますし。小屋までの目印を枝に結んであるのですよ」
「そうなの?…じゃあ、大丈夫かなあ…」
「ええ、心配しなくても大丈夫ですよ。ではいらっしゃい、向こうの出口が森への入り口です」
「うん」





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「…安西先生、霧出てきたよ…僕なんか怖いな、やっぱり帰ろうかな…」
「もうすぐ小屋に着きますから、寧ろ進んだ方が危なくありませんよ。…もし帰るなら君一人で帰って貰うことになりますし…私は小屋に用があるのでね」
「ええー、そんなのムリムリ!連いてくよう」
「足元に気を付けて下さいね高屋敷君。石も落ちていますし、霧も深いですし、木も多くなってきましたし」
「うん…」
「…手を繋ぎましょうか」
「え?あ、うん、はい」
「おや…ふふ、暖かい手ですね」
「そう?先生の手だってあったかいよ?」
「そうでしょうか?…ん…ああ、着きましたね。ほらあの木の向こう、見えますか?」
「え?あ…花畑ってあれ?わあホントにいっぱい咲いてる!綺麗だね!早く行こうよ安西先生!!」
「ああ走ってはいけませんたら、ゆっくり行きましょう?逃げたりなんかしませんよ」
「んぅー…」
「ふふ、でも気に入ってくれて良かったです。綺麗でしょう、白くて…」
「うん。…結構おっきいね?60センチはあるんじゃない?なんてお花?」
「さあ、考えたことがなかったもので」
「ホントに沢山咲いてるね、ゆらゆらして…え?」
「さあ付きました。お花畑で遊んで良いのですよ、高屋敷君?」
「……花じゃない……手?…人の、腕?」
「そう見えますか」
「い…いや、いや…こんなの、うそ、だって、こんなに?」
「…ふふ」
「誰?何人?どうして?いや…!!」
「ああ、しっかりなさい高屋敷君。ちょっと怖がらせ過ぎましたか…」
「なに言ってるの?あっち行って!いやだ、もう帰して!僕を帰して!!」
「だから、怖がらなくても良いのですよ。だってこれは皆本当に花なんですから」
「…うそだ、うそ…」
「本当ですよ。まあ、花というよりはサボテンやアロエ…多肉植物と言った方が近いですけれど」
「植物…?だって、うそだ、爪だってあるもん。これが植物なんて」
「やれやれ、仕方のない…」
「…ひっ!?やめてよ引き抜いたら……え?」
「ほらね?根っこが付いているだけでしょう?」
「…本当に植物?これが?」
「そうですよ。頑張って品種改良をしたのです」
「そ、そう…なんだ、ふうん…でもちょっと気持ち悪いよ。なんでこんなの作ったの?」
「だって、あの日に見た君の腕があんまり可愛らしかったから、もっと沢山、自分の物にしたくてね」
「え?…僕、の…?」
「ええ…ほら、この花は左手ですね。向こうも左手、君の隣にあるのは…ああ、右手ですから握手でもしたら如何です?」
「ひ、あ…帰して。僕、もう帰る…帰る!」
「帰れるものなら帰りなさい、帰り道が分かるならねぇ……木に括った標は全て小鳥が解いてしまいました。行く手は枝に邪魔されて。さあ深い霧の中、もう私の姿も見えないでしょう?」
「あ、あ…いやだ、帰して…どうして…ひどいよ……助け、て…」
「君の腕が欲しくて…私は沢山花を作りました……でも、もう花だけでは…偽者だけでは我慢が出来ないのです」
「やめて、帰して、お母さん…!」
「さあ小屋へ行きましょう、高屋敷君……中にはとっても面白い玩具がありますよ…それで君と遊んで…腕は花畑の真ん中に、他の部分は…埋めてしまいましょうね」




霧の中から安西先生の腕だけが伸びてくる

僕は肩を掴まれて

抱え上げられたときに気を失ったから

僕の記憶はそこでおしまい


もう紡がれることはない

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