カララ



「安西センセ、こんにちわー」
「高屋敷君、いらっしゃい。雛祭りですので今日の御茶うけは桜餅ですよ」
「ホント?!食べてもいいですかー?」
「もちろん」
「ありがとうございますー……やっぱり桜餅おいし♪」
「それはそれは、なによりですねえ」
「あ、そういえば…ねー安西先生、もうすぐ卒業式ですよね!僕も先輩方宛に寄せ書き書いたり大変なんですよー。おめでたいけど、ちょっと寂しくなります…」
「ああ、そうでしたね…(人生の)卒業式ですねぇ」
なんですかその()内は?!
「愛を注いだ者達がこの腕を離れるというなら…いっそ…!!」
「どんな学校だよ!」
「どこもそうですよ。教師やってると別れが多いのです…寂しくて寂しくて」
「…」
「『うそっぽい』」
「よ、読まないでください心を!」
「まあ良いですよ君が信じようと信じまいと。その代わり君が卒業する時には、せいせいしたと言ってあげますからね」
「ええ?!」
「早くいなくなれば良いですね☆」
「わあーん!!」
「大体、最近生意気な言動が目立ってきてかわいげがないったらありゃあしません。ぶっちゃけると不要。不要物なんです君は、リサイクルも出来やしない最低ランクのクズ、ゴミ、放射性物質」
「ヒドい!非道いですー!!」
「黙りなさいこの国際レベルの馬鹿。騒音罪で訴えられたいのですか?」
「そ…そんなに怒らなくたって……僕、そんなつもりじゃ…」
「ああ高屋敷君、君の脳随は愚かという脳しょうに満たされているのですね、高屋敷君もとい人間の原罪の塊君。汚れた君の魂などメフィストフェレスですら欲しがらないでしょうよ」
「……っ…」
「ほお?また泣くのですか?…まあ、君の濁った涙など私の心を揺らしはしませんけれどねえ…愛らしい顔をして泣き落としとは、本当に品性下劣な人間ですよ。人かどうかも疑わしい」
「ひどい…なんでそんな…」
「高屋敷君なんて○○○○の○○もない○○○で○の○○○○○○○○○じゃありませんか。私は無神論者ですが、君がこの世に生を受けた事について神を呪いたくてたまりませんねぇこの○○○○○」
「言い過ぎですよ!…あ…あんまりですっ…」
「○○○が○○のクソガキの癖に○○○○なんですよ○○○。身の程をわきまえたらどうです○○○○○○○○の○○○○○野郎、○○、○○○○、○の○○○○。可愛いだけで世の中万事OKと思ったら大間違いですよ?○○○○○○○○○○が。○○○○○にそっくりですよ」
「あ…あうぅ……壊れる…僕、壊れちゃうよ…?」
「……高屋敷君」


安西先生が僕の頭をつかんで、今から言うことをしっかり聞きなさい。と言いました
うなずいた僕を見て、先生は妖しく笑いながら、ゆっくりゆっくり口を開けます


「○○○」


その言葉が耳に届いた瞬間に
僕は全ての事の理解を否定しました
まず【言葉】が理解できなくなり、ものの【名称】が解らなくなり、世界の意味付けが出来なくなり
これから先はただ感覚だけで僕は存在していました
次に解らなくなったのは他人
自分以外に存在するものがあるという事が理解できなくなり
僕は世界が周りにあることが解らなくなりました
次々と手からこぼれる水の様に無くしていき
最後に解らなくなったのは【僕】
自我を無くした僕は、真っ白な世界に飲まれていきました







「良い天気ですねえ、高屋敷君」
「そ、ですね…」


(シャリ…シャリリ……サク、サクッ)


「そうそう、君のお母様が何か必要な物がないか聞いてきて欲しいと仰ってましたよ?」
「ん…特に、無い…」
「そうですか」
「…はい」
「…」
「…」
「……高屋敷君、林檎、剥けましたよ」
「うん…」
「食べたくありませんか?」
「…食べる」
「そうですか」
「…」
「美味しいですか?」
「…はい」
「それはなによりです」
「…学校、なんか変わった事ありましたか…」
「卒業式。でしたよ」
「ふうん…」
「八十人ほど死にましたがねぇ」
「……最後の一個食べていい?」
「どうぞ」
「…」
「美味しいですか?」
「うん」
「…」
「…」
「高屋敷君は、いつ頃最終検査が終わるのでしたっけね?」
「…二週間あと」
「そうですか」
「…早く出たい」
「そうですか」
「もうね…窓の景色が鉄格子で邪魔されるの…やなんです」
「そうですね」
「…怖いし」
「そうなんですか」
「隣の部屋の人…神様だって」
「そうですか」
「いっつも怒ったり泣いたりして…苦手です」
「そうですね」
「…昨日落ちてた紙踏んで転んだし」
「怪我をしたのですか?」
「ううん、痛かっただけです……その紙」
「ん?」
「『見えない見えない見えない…』って一杯、ちっちゃい字で…」
「高屋敷君に怪我がなくて良かったです」
「うん」
「…」
「…」
「安西先生?」
「はい」
「…僕、早くここから出たい…」
「もう少しの我慢ですよ。…高屋敷君は良い子ですから、我慢できますよね?」
「…うん」
「ふふっ…本当に良い子ですねえ。そうやって良い子にしていたら、先生とっても嬉しいです」
「…良い子」
「うん?」
「良い子にしてたら………安西先生、もうあんな事言わない?…」
「…あんな事…って、何の事ですか?」
「…」
「何か、ひどい事を言いましたか?…思い当たらないのですが…知らず傷つけていたら謝ります……ごめんなさい、高屋敷君」
「………ううん、違った…違った。僕の勘違いだった…」
「そうですか」
「うん。…ごめんなさいセンセ、ひどい事言っちゃった」
「良いのですよ。きっと悪い夢を見てしまったのでしょう…可哀想に、大丈夫ですよ?今夜はきっと良い夢を見られますから。…ね?」
「…うん」
「眠くなってきましたか?」
「…うん……帰っちゃうの?」
「いいえ。…高屋敷君、君が眠るまでここにいますよ」
「ホント…?」
「ええ」
「…良かった」
「……ああ…良い子ですねぇ………高屋敷君は、本当に良い子……………だから」
「…すー……すー……」
「だから、そのまま忘れなさい?…君の頭の、一番奥に仕舞い込んで…





思い出せないように。……ね」

…………コツ、コツ、コツ…カチャ…パタン………

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