「…美味しいですか?高屋敷君」
!?っは、はい…」
「…脅えすぎですよ」
「ごごごごめんなさ…」
「やれやれ。…そういえば、もうすぐバレンタインですねえ〜」
「せ…センセ、チョコ欲しいですか?」
「ん?どうしてです?」
「だって、安西先生、チョコ好きだから…」
「成る程、ご機嫌取りですか」
「………違うけど」
「要りませんよ、この時期のチョコは嫌いなのです」
「?」
「誘淫薬とか入っていますしねえ」
「いやなバレンタインデー!」
「そんなものです、愛なんてね」
「安西先生って人好きになった事なんて無いんでしょ?」
「ありますよ、初恋くらい」
「え?うそですよね」
「失敬な子ですねえ…」
えー気になる気になる!ねえどんな相手だったんですか?!ねーねーねーねぇー!!」
「さっきの脅えっぷりが嘘の様な反応ですねえ…そんなに聞きたいのですか?」
「うん!!」
「物好きな事で…そうですねえ、あれは…私が十三歳の時ですねぇ」
「あれ?意外と遅いですねー」
「愛され慣れはしていましたけれどね〜」
「相手は?」
「遠縁の親戚に当たる女性でしたよ、確か…当時は27か8くらいの。未亡人で」
「と、年上ですねー…」
「綺麗な人でした、それこそトロイ戦争の引き金になった傾国の美女へレンのようにね」
「先生の親戚筋ってそんなんばっかなんでしょ。安西センセ見てたら解かります」
「ま、確かに美麗な者が多いですが。ですが、彼女は別格でしたよ?なんたって国だけでなく自らも滅ぼす様な美貌でした」
「けっ。贅沢な悩み」
「口が悪いですよ、高屋敷君」
「で?」
「初めて彼女に会ったときは、ただ美しい人だと思っただけでした。が、まあなんと言うかこう眠れなくなったり頭から離れなくなったりしたので気づいたのです。これが恋だと」
「ちょ、ちょっと、なんでそんなおざなりなんですか?一番良いとこなのに」
「若い頃の話はしたくないものですよ、そのくらい気を使いなさいな」
「だってー…」
「兎に角、思いのたけを伝えに彼女の元に向かったのですよ。クレオメの花束を抱えてねぇ…」
「そんな子供に告白されても困るんじゃないですかー?」
「子供じゃなくても困りますよ」
「え?」
「さっきも言ったでしょう?彼女は美し過ぎました。周りを、自分をも不幸にするほど」
「?」
「幼い時分より美しかったそうです、まだ十に満たない頃から求婚されて…彼女の為に、死んだ男もいたといいます。彼女の夫もそうでした、彼女が浮気をしていると思い込んで、自殺を」
「…そんな美人なんですか」
「それはもう。写真、見てみますか?」
「あるんですか?」
「ええ………ああ、これです」
「ホントだ…すっごい美人。こんなに美人だったら僕だって人も殺しますよ」
「…そんな女性にクレオメを送るなんて、とんだ間抜けも良い所でしたよ」
「え?なんで?」
「クレオメの花言葉は【あなたの容姿に酔う】ですからね」
「あー…」
「今となっては予想通り、彼女は困った顔をしましたよ。眉をひそめる姿すら美しかったですが」
「なんて言ったんですか」
「『ごめんなさい』」
「あー…先生かわいそう…」
「だから『子供だからいけないのですか?』と聞いたのですよ。その頃は彼女の悩みなど知りませんでしたし」
「…それで?」
「彼女は首を振って『違うわ』と。『もう愛するのも愛されるのも疲れたの』と」
「…」
「『皆私の顔に酔うのよ。たかが皮一枚なのに、可笑しいわね。悲しいけれど、その花は受け取れないわ』」
「…」
「彼女があんまり悲しそうだから、私は『カランコエなら受け取ってもらえましたか?』と聞いたのです」
「花言葉は?」
「【あなたを守る】」
「キザッたらしー」
「何とでもお言いなさい…そう聞いたら彼女は少しだけ笑ってくれて『もう少し私が若かったらね』と」
「…」
「続けて『私は今、傍に誰もいなくなって漸く安堵しているの。誰も傷つけずに済むわ。…だから、ごめんなさい。そして、ありがとう』と」
「…かわいそ」
「私はそれを聞いて諦めました、それが彼女にとって最良でしたのでねえ」
「…」
「でも、こう言い残して去りましたよ。『貴女を愛する事を止めたからじゃない、貴女の安穏の為に去りましょう』とねえ…」
「ホントに十三歳だったんですか?」
「そうですよ。…これが私の初恋です」
「なーんか全体的に初恋らしくなーい。センセその頃からプレイボーイ丸出しじゃないですかー」
「放って置いて下さいな」
「ね、今その人どうしてるんですか?」
「死にましたよ」
「え?」
「自殺しました。ある男性から結婚を迫られて」
「…」
「嫌気が差したのでしょうねえ、自分の美貌に…ベッドの上で手首を切って、赤い血がまるでゼラニウムの花弁の様に」
「…かわいそ」
「彼女は自分の美を嫌って死んだのに。皮肉にも、その死に顔はひどく美しかった」
「…」
「………さ、勉強を再開しましょうか。高屋敷君?」
「ん…はーい」






「ね、安西センセ?」
「ん?」
「先生だってその人と似たような境遇でしょ?そのうち安西先生も死んじゃいますよう…」
「ふふふ…心配してくれるのですか?」
「だって、客と恋人一杯いるし…」
「ありがとう御座います。でも心配なら無用ですよ」
「え?なんでですか?」
「さっきの話は全て嘘だからです」
「…へ?」
「作り事です、全て。私の親類に美を持て余すような馬鹿はいませんからねえ〜」
「なっ…!最悪ー!心配して損した!!」
「因みにさっきの写真は女装した私ですよ」
この性悪ー!!
「さー…って、と。デカダンごっこも終わりましたし、次は科学を勉強しましょうね高屋敷君☆」

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