僕の大事な親友は、紅茶に砂糖を五杯も入れながらこう言った

「腕の無い少女は十字を切れないって知ってるか?」

知らないなあ

「お前が知ってて堪るかよ」

なら聞かないで欲しいよ僕は
仕方ないじゃないか、だって、君と違って見た事が無いんだものな

「だったら見学に来いよ、前から何度も誘ってるだろ」

僕は君みたいに変わった人間じゃないんだよ
つまり僕は、君の立場に近付くのは向いてないんだ
こうやって対岸に立って話してるのが一番さ

「お前が何を言ってるのか俺には解らん」

うん、君に解って堪るか
…でも君が何度も誘ってくれてるのに悪いよね
折角だし、付いてってみようかな

「舌の根も乾かない内によく言うな」

流されやすいってのは平凡な人間の特徴だからね
君みたいに国家権力に意見されても思想を曲げない人間何て
そう沢山居る訳じゃないんだよ

「んじゃ九時に公園な」

学校横の公園だね。了解
ところで、僕は何が見れるのかな

「そりゃ俺にも分からんが、まあせいぜい良いもん見せてやるさ」

楽しみにしてるよ







僕の大事な親友は、足首まで届く焦げ茶のフロッグコートを着て来た
その上目深に被った山高帽。どう見ても怪しいよね

「君、君、おじさんが良いものを見せてあげようか」

いいよ、露出魔の真似とか
それより、いつもそんな格好でやってるの?動き難くない?

「当たり前だろ、動く時は脱ぐ。大体、隠す為なんだからコートに付いたら意味がねえ」

あ、そっか

「おまけ」

そう言って僕の方に突き出されたのはナイフ
肉切り包丁みたいだけど、随分切れ味が良さそうだね
散々酷使されてる筈なのに、刃毀れはおろか曇りだって一つも無く
全く、どれだけ溺愛されてるかってのがよく分かるね
でもこのナイフ、僕の手の中じゃそれほど輝かないなあ
やっぱり恋人の手が一番なんだね
はい、返すよ

「おう」

さてさて、もう暗いよ。そろそろ行かない?

「ん。行くぞ」

そう言って親友はナイフをベルトに吊って仕舞い込む
踵を返して出発するかと思ったら振り向いた

「お前、離れて歩けよ」

え?
ああ、そうだよね
巻き添え食ったら堪んないしね

「あとコート持て」

僕は荷物持ちですか
重っ!何これ、厚手とはいえ重過ぎるよこのコート

「そろそろ洗わないとな」

つまり、そういうことなんだね
やだなあ、一体何人分のが染み付いてんだろ
不衛生だから洗った方が良いよ

「今日洗うって」

そうしなよ










着いた所は人通り無い暗い路地裏
危ないなあこんなところ。変質者が出たらどうするんだよ
親友は路地の途中で見えなくなった
どこに隠れてるんだろ
…あれれ、靴音が聞こえる。親友じゃないみたいだね
誰か分からないけど取りあえず、僕も隠れておこうかな
近付いてくるね足音が
こつこつこつこつ一人歩き
ちょっと顔出してみようかな
…おやおや、女の子だ。一人歩きの可愛い女の子だ
どうやら獲物が見つかったみたいだね、大事な親友?
あ、早速いくんだね


「一人歩きは危険だぜ、穣ちゃん。親に言われなかったか?」


言葉が先かナイフが先か、僕には判らなかった
でも兎に角親友はナイフを振るったらしい
だから、可愛い女の子の鼻が削げた
もうちっとも可愛くないね
思ったほどの血は出ない。寧ろポッカリ開いた鼻腔の方が気持ちが悪い
可愛い肉が付いているのに、まるで骸骨みたいに見えるんだ
女の子は何が起こったのか解らないみたいで立ち竦んでいる
そろそろと手を伸ばして顔に触れた
白くて細い指の先が、赤黒くぬめって光るのは綺麗だね
あれれ、女の子が噎せてしまったよ?
ああそうか、叫ぼうとしたら、血を吸い込んでしまったんだ
随分大きく穴が開いたものね

面白いなあ、面白いなあ、面白いなあ

親友はこっちをチラリと見て少し笑った
たぶん、観客の僕の為にサービスをしてくれるんだろう
良かったね、良かったね、名前も知らない女の子
君はもう少し生きていられるみたいだよ
とっても苦しいだろうけどね

また親友がナイフを振った
横一文字
これもサービスだろう、僕にもはっきり見えたから
一拍置いて女の子の絶叫。今度はどこが切れたのかな
ああ、へえ、両目かあ
困ったね、困ったね、これでもう君は逃げ道を探せなくなった
まあそんなもの無いだろうけど
でも良いのかなあ、あんなに大声出させて
幾ら人通りが少なくっても警察が来たら面倒だよ

そんな心配は杞憂だったらしく
親友は簡単に女の子を黙らせるのに成功した
下から上へ、抉る様にこそぐ様に、ごごりごきん
あっという間に女の子の下顎はレンガの道に生ゴミと化しています
うわあ凄いな、腕相撲しても勝てない訳だよ
ふうん、流石に血が沢山出てるや。綺麗なものだね
青いスカーフは血を吸って重く、女の子の首から重力に負けて滑り落ちた
生ゴミがまた増えたね。掃除夫さんも大変だな

も一度横に一文字
スパンと子気味のいい音と共に女の子の脳ミソこんにちは
それでもまだ生きてるのか
人ってなかなか死なないもんだね
と思ったら親友はふらふら立ってる女の子の側頭部に右ハイキック
その勢いで女の子の脳ミソは丸ごと左へすっぽ抜けすっ飛び白壁に激突。潰れた
哀れ運転手を失った身体は容赦の無い親友が繰り出す突きの乱舞によって
肉片を四方に散らすのでありました



うわ
何だ何だ
何か飛んできた
…うげえ右耳だよこれ…
きったないなあ
肩に付着
染み


いけないいけない、服の汚れを気にしてたら良い所を見過ごした
あーあ、腕が飛ぶとこ見逃した…
落ちた生ゴミもとい左腕は綺麗だね
白いな、白い、石膏像みたいだ
綺麗だね、人形の腕みたいだ
それに比べて、女の子本体といったら汚いな
失禁に脱糞髄液胃液粘液脳髄だらだら
それにしても大動脈切れたらすっごい血。噴水だね
骨がちょっと突き出てるね
そう言えば前に、筋肉が縮むから羊羹みたいに綺麗な断面は出来ないって
言ってたなあってああ、すごい!!今度は縦に切ったよ!!


銀に煌くナイフは綺麗だね
風切り音まで綺麗だね、綺麗だね
赤い傷口は綺麗だね、綺麗だね、綺麗だね


女の子の下腹部から喉元にかけてさっくり
どろり出てきましたるは内臓で御座い
むっと来る臭い
親友はナイフを置いて女の子の胴体を足で開く
要領としては、そうだなあ
栗のイガを剥く時とか、ああいう風にやるよね
目一杯裂け広がったところで親友は中に手を突っ込んだ
暫くぐちゃぐちゃ探っていたけど、目的の物を見付けたらしい
引き摺り出したのは…
子宮、かな?
…たぶんそうだね、いつもそうだし
親友が力任せに引き千切ったから
無事千切れた時には僕の方まで血が飛んできたし
何より踏ん張ってた足は内臓の中にどっぷり沈み込んでいて
ショートブーツの中が血でなみなみ満たされてるね
脹脛まで血粘液塗れだよ

今夜最初の仕事を終えた親友は息を一つ吐いて
血塗れの顔で僕に笑った

「よし、次行くぞ」

うん、そうだね。次に行こう
それが終わったらまた次に行こう
それも終わってしまっても、僕は君について行こう
ただ、差し出された真っ赤な左手を握り返すのはお断りだよ


僕らは狭い路地を抜け広場に出た
広場で僕はふと暗い空を見上げた
零時の夜は迫る満月で明るかった
親友は月を見上げて両手を広げて
赤に輝く澄んだ瞳で大きく叫んだ


「見てみろあの女を!処女なんだ、血を流した事が無いんだぜ!!」


叫んだ親友は気付いたら僕の横から消えていて
どこに行ったのかと見回してみると、人様の屋根の上に仁王立ちしていた
何してるのさ、危ないよ
僕は叫んで呼びかけたけど、親友はまるで聞こえないように高く笑った
それもそうか。僕と親友は住む世界が違うから
親友はナイフを持ったまま、血に塗れたまま、上手なダンスを踏み始める
サロメのまねかい?切り裂き魔さん。落ちないようにして欲しいね












「俺はあの女を切り裂こう。地上の女を切り裂いてから、俺はあの女を切り裂こう!!」












屋根の上で踊りながら、刃物を振るう君は綺麗だね
凡庸な僕はこうやって、地に足つけて眺めていよう



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の企画用に書いた
お題が『屋根の上の切り裂きジャック』
吃驚するほど手抜きで一番吃驚してるのは私です。
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