少し早足で歩くと汗ばんでしまう陽気の午後、僕は安西先生に呼ばれて第三校舎五階のテラスへやって来た 「安西先生ー」 先生はテラスに設置されてる白いイスに座って赤い表紙の文庫本を読んでいて。そして本を伏せ、イスとお揃いに真っ白なテラコッタのテーブルを指でコツコツ叩き、『お座りなさい』と無言で言った 「今日は天気いいね、安西センセ」 僕はテーブルを挟んで先生の向かいに座る。陶器のイスは触れると少しひやりとした 「お茶?」 そう言ったセンセはペットボトルのポカリを飲みだした 先生の趣味はよく解んないよとこっそり呟きながら足元に置かれていたお盆に乗った、ティーポット、カップとソーサー、シュガーポットの真っ白ボーンチャイナ茶器一式をテーブルに上げる 「グランボアシェリ・バニラの葉です。かなり無理を言って譲って貰った良い茶葉ですから、心して下さいね」 安西先生脅しですかそれは? 「センセが淹れてよ」 じゃあ脅すようなこと言わないでほしいなとぶつくさしても安西先生はまるで聞いてないので 「ほらみてみてセンセ、すごくない?」 苦笑を浮かべて安西センセが僕を見る 「が?」 なんかダメ? 「もう少し余裕と言うか遊び心と言うか、肩の力を抜いて淹れて貰いたいですねぇ」 もう、難癖付けてばっかり。自分はポカリなくせに 「別にいいですよーだ。先生に飲ませるわけじゃないもん」 ティースプーンをソーサーに置いて、一口 目を細めて僕を見ていた先生が、二回ゆっくり瞬きをして、目を閉じたまま話し出した 「うちの学校は本当に長い伝統がありまして…」 現学校長氷室さんのお父様、お爺様、ひいお爺様…もっともっと上まで遡り学校長を努めている、代々続く名門校です 僕はお茶を飲む 「高屋敷君。先日、工事の方がいらしたのを知ってますか?」 カップに口付けたまま考えてみる 「来てたのは覚えてます」 僕の返事を聞いて、安西センセは目を開けて微笑む 「家庭科室に来ていたんです、思い出せませんか?」 そう言われればそうかもしれない 「なんの工事だったの?」 前に見た時は別に工事が必要な場所なんて無かった気がする。だいぶ入ってないから不確かだけど 「んー…工事では、ないですね…どちらかと言うと、そう、好奇心」 なんのことやら 「知りませんか?家庭科室の壁には、不自然な出っ張りがあったでしょう」 それを聞いて僕は急に思い出す 「あれを、見たの?」 急に食い付いた僕を見て安西先生はにやりと笑った 「どうなのさ!?」 殆ど立ち上がって身を乗り出しテーブル越しに詰め寄っていた僕を、安西先生は手で制して、宥められた僕は座り直してお茶を飲む 「…そう、私も気になっていたので氷室さんに頼んだのです。どう見ても建物の構造上、無意味どころか邪魔ですものね」 もう引っ張るのはいいから早く教えてよ 「今話しますったら… 恐らく高屋敷君も知ってるでしょうけれど、あの部分には何か空洞になっているものが入っています。壁紙を上に貼られてね ゴクリと喉が鳴った 「すると、ベニヤ板が出てきました。ですがその出っ張りの正体がベニヤ板な訳ではなく、ベニヤ板はその正体の覆いでした。壁紙を貼るには、正体は凹凸があり過ぎたのでしょうね」 お茶を飲む 「で、打たれていた釘を抜いて、解体して出てきたのは……」 僕はカップを握り締める 「食器棚でした。食器が入ったままの」 「…へ?」 僕はカップを持ちなおす 「まあ、その食器棚は何の変哲もない普通の食器棚でしたので、処分してしまいましたよ」 僕は残りの紅茶を飲み干し、一息吐いてから聞いた 「…で、その食器ってどうしたの?」
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