「君は卑怯だよ」
僕がそう大きな声で言っても、彼は笑っているばかりで
「弱虫、へたれ、根性無し。一匹狼ぶって孤独気取っちゃって!ホントは怖がりなくせにさ」
「うん」
馬鹿みたい、開き直ったつもりで
「開き直るってのも逃げじゃないか」
「ふん?なるほど、そういう考え方もある」
「考え方じゃなくてそうなんだよ」
また笑って、横を向いてしまった
何を言っても通じなくて、人の話なんか真面目に聞かなくて
「君は昔からそうだ」
「うん?」
「怖いんだろ?傷付くのが怖いから一人でいるんだろ?」
そうだなあ…と言ったきり黙りこむ
見ろよ、都合が悪くなるとそうやって自分の世界に閉じこもって
「それが何か悪いのか?」
もう一発くらい皮肉ってやろうとしたら、あっさりと彼が微笑んで言った
「わ、悪いよ」
「弱いってのは罪なのか?」
くそ、またこれだ
開きなおって煙に巻く。昔っからの常套手だ
「罪だよ!一人じゃ何にも出来ないくせに、一人がいいだなんてわがまま過ぎる!!」
「だってそれが本心だからなあ」
「そんなんじゃ人付き合いができないだろ!?」
「したくない」
幸せそうに笑いながら、人間失格な事を言う
もう何年こんなやり取りをしただろう?
いつだって僕は彼をマトモにしてやれなくて
それなのに彼は幸せそうで
「弱虫」
「ああ、俺は弱虫だよ」
「負け犬」
「それも正解だ」
うるさい
ムカつく
「逃げてばっかり」
「逃げるさ、敵に背中を見せて。尻尾を巻いて全速力で」
「僕が殺されかけてても君は逃げるんだろ?!」
ああ。といつもの調子で笑いながら
「逃げるね、だってお前が怖いからな」
なんだよそれ
「ふーん」
「怒ったか?」
「当たり前、幼稚園以来からのお友達にそんな事普通言わない。そんなんだから社会生活不適応者なんだ」
それって、お前は友達なんかじゃないって言ってるようなもんだろ
「やれやれ、参ったね」
「もういいよ、君に何言っても無駄、何を聞いても無駄。黙って」
「まあ言い訳くらいは聞いてくれ」
「うるさいって」
「俺はねえ、傷付くのが怖くて逃げてるだけじゃないんだよ」
何言ってんだよ、今度は虚勢を張り出すのかよ?
どういう事だかさっぱり解らない
そんな顔をしてみせると、彼はまた笑って話し出す
「お前は良い奴だよ。口は悪いけど、俺はお前の事嫌いじゃない」
「口が悪いのは君にだけだ」
「うん、知ってる。俺を何とかしようとしてくれてやいやい言ってるんだろう?」
解ってるなら何とかすればいいのに
「ずっとずっと文句言う為に俺の傍にやって来て。でも俺は向こうに行けなんて言えないよ」
「言ってるようなもんだよ」
「うん、そうだ。無視も出来ない」
「してるよ」
「これでもしてないつもりなんだ。なあ、この際だから言うよ?」
珍しく真面目な顔で、でも僕の方を見ずに
外の景色に向かって囁く様に彼が言う
「俺は君が言うように、卑怯者で弱虫で負け犬で何も可にもが怖くて。出来るなら俺以外に何にも存在して欲しくない位に怖がりだ」
「そんな事何年も前から知ってるよ」
「そうだろうな、お前は頭が良いからな」
でもなあ。と、今度は自分の膝に語り掛ける様に俯いて声を落とす
「傷付けるのだって怖いのさ」
「はあ?」
馬鹿だなコイツ、昔から馬鹿だ
「つまりそれは、自分が人を傷付けるから一緒に居たくないって事?」
「うん」
「じゃあ!じゃあ僕と一緒に居るのは楽しくないって事?」
彼は困った顔になって
「そうじゃないさ、さっきも言ったろ?お前はすごく良い奴だ」
「それとこれとは別の問題。なら聞くよ、僕は君を傷つけてばっかりなのか?君の心を軽くした事なんて一度も無いのか?!」
「そうじゃない、そうじゃないけれど」
「あのね、君が大嫌いな世の中には、お互い様。って言葉があるんだよ?僕だって君を傷つけた事が無いとは言わないよ、そして君に傷つけられた事だってある。今がそうだよでもね」
何を言えばいいかわからなくなってきた
でも口は勝手に動いて
「君が傷つこうが知ったこっちゃ無い、君のせいで僕が傷ついたって全然構わない。気にしないからこうやって君と話すし呼ばれもしないのに家に行くし外に連れ出す!だって僕は君と遊んでいて楽しいから。それは」
これだけははっきりさせておきたくて、大きく息を吸い込む
「僕が!君を友達だと思ってるからだ!!」
こんな言うまでもない事をこんな大きな声で言ってる、僕も十分馬鹿みたいだ
そしてそんな僕をあっけに取られた様に眺めている彼がすごくムカつく
まさか、いつもみたいに聞いてなかったんじゃないだろうな?
でもその心配は無かったようで、彼はゆっくりゆっくり笑いながら言った
「青臭いな。青春だなあ」
馬鹿にしてんのか
そう思って睨みつけると、思いの外動揺していたらしく
彼が二・三度瞬きをすると、雨垂れみたいに涙が落ちた
泣く姿なんて、何年前に見たきりだろう?
彼はそのまま机に突っ伏して、しゃくり上げて
そうだな。と言って苦しそうにため息をつく
「馬鹿だね」
「うん」
声が篭ってよく聞こえない
肩を震わせて彼が返事をする
「僕より馬鹿だ」
「うん」
「うんしか言えないの?」
泣きながら、でも少し笑って返事をする
「うん」
鼻をすすりながら
「あのさ」
「うん」
「僕は君の友達だよね?」
答えはすぐに返ってこなくて
躊躇しているのかと思ったけれど、それは息を整えていただけで
小さな声だったけど、はっきり聞こえた



「うん」




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