安西先生が精神病院に入ったという話を生徒会長から聞いた時
僕は全然信じませんでした
確かにセンセは狂ってるけと、狂気を手懐けている人だから
まさか、病院に入院するまで狂気をコントロール出来なくなるなんてありえない
でも会長は嘘を吐く訳ないし
病院の名前まで教えてくれたし
ホントかどうか、お見舞いがてら偵察しに行こうと思います
そう言った後の別れ際
会長がちょっと困ったように笑っていたのが気になります
たぶん、なんか隠してる
「…って来てみたら全然普通じゃないですかー。やっぱり頭変になったってウソなんですね?!」
「さあ?狂人は一見すれば一般人より静謐なこともありますよ」
「ウソウソ、安西センセはウソばっか言うんですから。ホントのこと言わなきゃこのお花あげないよ?」
「ん…それは、嫌ですねえ」
「でしょ?じゃあなんで入院したのか言ってくださいよー」
「それがですねえ、最近あんまりにも暇だったもので……ちょっと精神病院に入院でもして暇を潰そうかと」
「安西先生安西先生、欝とかそういうのに悩まされてる人をとことんまでバカにする発言ですよ」
「良いではありませんか、私だって退屈に悩まされていましたよ?欝と退屈のどちらが辛いかなんて、個人の価値観です」
「はいはいもーいいですー……ね、もう帰りましょ?お仕事溜まってにっちもさっちも行かないって、校長センセ困ってるよ」
「ますます退院したくありませんね」
「またそういうこと言うー!いい加減に帰ろ…って、お医者さん来た?…回診?」
「ああ、先生。今日はとても良いお天気ですねえ?こんな日は日光浴に限りますね…え?…ふふ、そうですよね、お医者様は忙しいですものねぇ…御苦労様、ですね?……ところで先生、私、思い出したのですよ。何故私がここに居るのかを、ね?…聞きたい、ですか先生?……ふふふ、そうですよねえ…先生と来たら毎日毎日、そればかりお尋ねになりますものねえ
ええ、もちろん、お話します
私は、ここに来るまで、ある方とお付き合いをしていたのです
とても優しい方だったのですよ?それはもう、痛い程に
ふふ、惚気てしまいましたね?
けれど、そのうちに、私を独占したがって…
ねえ、先生?お医者様にかかるべきなのは、あの人だと思うのですよ?
私を閉じ込めて、殴り付けて、犯したのですものね?
…え?
いいえ、そんな筈はありません
だって…ほら、まだ傷が残っていますもの…ほら…この手首の傷、あの人が私に手錠を架けたから、長い間着けていたから、こんなに擦れて…
…変ですねえ?
本当ですよ、さっきまでは本当に、血が流れて…
ああ、そうです
看護婦さんが、手当てして下さったのでしょう?私が眠っている間に
…ですが…
いいえ、そんな…
そうです、愛して下さいました。何度も愛していると言って下さって、プレゼントも山程下さって…
ええ、優しい方でした
でも、それは最初だけで…
いいえ、いいえ、違います
あの人は、私を閉じ込めて…先生もご存じでしょう?あの、大型動物を入れる様な檻が、あの人の部屋に…
…無かっ…た?
いいえ…それは、そんな…筈は…
では…それでは……じゃあ私は、どうしてあの人を…?!
…
……あの、人…を?
…あの人に、私は…何を……?
…いえ…
嘘を仰らないで下さい。だってあの人は、まだ…
止めて下さい
違います。違う……違う!!
…
申し訳ありません、私…大声を
…そう、ですね。今日はもう…
はい、すみません…明日こそ、お話しますから
…ふふ、ですが、先生もお仕事大変でしょう?出来る限り、協力しようと
…
ああ、でもですねえ先生?
本当は、ここから出たくなどないのです
だって…ここから出たら、またあの人に捕まってしまう…
…え?
どうしてです?だってあの人はまだ…
…ああ、そうでしたね
はい、今日はもう休みます…
はい…また、明日」
「…センセ、狂人のフリ上手いね」
「夢野久作はよく読んでいますしねぇ…狂人なんて、全部似た様なものですよ」
「そうかなあ…」
「コツさえ覚えれば簡単です。教えてあげましょうか?」
「えー、いらなーい」
「まず、入院する為には自分が精神を病んでいる自覚を持ってはいけません。薬の処方だけで済まされていまいますからね…なるべくなら、家族が無理矢理連れてくるのが望ましい」
「…僕、安西先生が女の人とか男の人騙してるのは知ってたけど、まさかお医者さんまで騙してるとは…」
「まあ今回は本格的に、警察屋さんの逮捕から精神鑑定でここに来た設定ですが」
「あのさ、社会的なものはいいの?逮捕暦とか」
「何を馬鹿な、揉み消しや握り潰しは私の実家の得意とするところです」
「はあ…」
「仲の良い患者さんも出来たのですよ?872号室の雨宮さん。恋人をすき焼きにして食べた方なのですが、とても絵がお上手で…」
「だからそういう人と仲良しにならないでよ!」
「その恋人を描いて下さいと頼んだら、快く描いて下さったのです。…これなのですが…」
「み、見たくない!!…あれ?男の人の絵…雨宮さんって女の人?」
「いえ、男性ですよ」
「え…じゃあホモ…」
「いえいえ、その絵は雨宮さんなのです」
「はあ?だって先生恋人を描いてって言ったんでしょ?」
「ええ、今は雨宮さんの一部になった…ね」
「わー!?わー!!そういう意味の絵なのかよ余計不気味だよ!!」
「で、もう少し前のをとお願いしたら描いて下さったのがこれです。すき焼きの絵」
「うわあもう帰るー!!」
「で、これが殺害現場の絵。これが生前の絵…」
「もうやめてもうやめて腰抜けたから怖いからー!!」
『よーっす安西!!今日も美味そうなツラしてんな!!』
「おや、雨宮さん」
「ぎゃー!?!」
『お!見舞いか?その…椅子から転げ落ちてる奴は』
「ええ、私の生徒なんです。転げ落ちたのは雨宮さんのせいですが」
『俺が?なんで?』
「一般人の子ですからねえ」
「あ…あわ…あわわわ…」
『そうか…そりゃそうだよな、悪いことした』
「え、あ、いえ…あの、はじめまして…安西先生の生徒の…高屋敷、です」
『おう、俺は雨宮達彦だ。ところで腹が空かないか?』
「いやあああああ!!」
『なんだなんだー高屋敷とやら、大声出すのは他の患者に失礼だぞー?』
「いやあいやあああ!!僕食べられるのいやああー!!うああーん!!」
「よしよし、大丈夫ですよ高屋敷君。雨宮さんは見境無く人を食べたりなんかしませんからね?」
『おうとも!美味そうな奴じゃないと食欲は湧かないから安心しろ』
「ひっく…ホントですか…?」
「ええ、本当ですよ。だから泣かないで…ね?」
「…っく…ぐす……じゃ、じゃあ…僕は、美味しくなさそうなんですね?」
『いや、美味そうだぞ!!』
「ひゃああああああ!?!!」
「あ、高屋敷君。……いやですねえ雨宮さん、高屋敷君が過呼吸寸前ですよ?」
『そりゃ悪かった、ちょっとふざけすぎたな…じゃ、俺は食堂行ってくるわ。ごめんなー高屋敷とやら!じゃあまたな!』
「もう会いたくないです………い、いや…もういや……ここ、心臓に悪い…帰ろうよお安西先生!!」
「えー?」
「えーじゃないよ!!いつまで入院するつもりなの?!先生達、皆困ってるんだよお仕事進まなくてー!!」
「…良いじゃありませんか、もう少しだけ…」
「ダメだってば!どうしてかえんないの?」
「だって、高屋敷君がお見舞いにきてくれますでしょう?」
「…っ…」
「心配して貰うのはとても嬉しいです。見舞い花も、ありがとう御座いますね」
「…もー…そうやって僕も騙そうとしてるんですねー?」
「本気半分、冗談半分…」
「もー!!」
「ま、そろそろ入院生活も飽きましたし。近いうちに帰りますよ」
「…もー…じゃ、次僕が来たら絶対退院してくださいよね!」
「ええ、約束します」
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「安西先生ー!ほら僕お見舞い来ましたよー!だからさあ帰るんですからね?約束したんだから守ってよねー!!」
「おや高屋敷君。大丈夫ですよ、約束は約束ですからね」
「ふえ?…もう荷造りしてたんですか?」
「ええ、そろそろ君が来る頃だと思いまして」
「……」
「どうかしました?」
「…妙に素直だなー…って」
「ははは。いやですねえ高屋敷君、それでは私が我が侭の様ではないですか」
「だって…さ」
「さてと、あれは何処に仕舞ったのでしたかねえ〜」
「センセが妙に素直な時ってさ」
「…っと…ああ、ありましたありました」
「いっつもなんか、企んでるでしょ?」
「ご名答です」
「え?」
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ふと気付いたら
僕は檻の中に居た
寒い
暗い
静か
お医者さんがたまに来る
僕は
僕は正常です
僕は頭がおかしくなんかないです
僕はここにいるべきではありません
そう何度も言ったのだけど
お医者さんは笑って
もう少しだねと言うだけで
僕に赤いお薬をくれるだけで
僕は