あれから、五十人くらいの生徒の亡霊に出会いました
どうも安西先生が僕の名前を出していたらしく
全員襲い掛かってきました
ホント、ロクな事しない人です
て言うか、なんで僕が?
「はあはあ…も、走れない…よ…ケホっ……息が、続かな…もう逃げるとこないよぉ…」
ふと、なにかで聞いたことのある旋律が耳を掠めた
静かで澄んでいる。だけどどこか心を騒がせて、まるで満月の夜に似た
「あ…?ベートーベンの…月光?……ベートーベン…夜に目が光る……
ん、で…でも、それはいたずらで目のトコに刺した画鋲が反射しただけってのがオチだし!
それに誰も座ってないピアノが鳴ってても追いかけられるよりマシだし!っていうか自動ピアノだと思えば!!」
すごく怖いのだけど、もう逃げ場はそこ以外なくて
錆付いて廻りが鈍いノブを力任せに捻る
(ザリリ…ッギ…ガチャン!!)
眩しかった
差し込む月の光も輝く様なピアノの音色も
その二つに惑わされ、眼が眩んで僕は座り込んでしまって
ピアノを弾いていたのは幽霊なのか確かめる事も出来ずに
床に手をついて、肺に溜まった熱を吐き出す
鍵盤の上を踊っていた指が、止まった
「……遅かったですねえ、高屋敷君?」
「いやぁああああああああああああ!!」
「おやおやそんなに驚いて…そういえば、さっきから君の可愛い悲鳴が聞こえていましたよ。実は脅かし役の配置全て私が決めたのです」
「やめやめやめってくださっ!!お願い殺さないでなんでもするから!?」
「いやあ思った通りに泣いて脅えてくれますね、高屋敷君は!…ふふ、本当に面白くて可愛い玩具ですねぇ?」
安西先生の女性みたいに優しい手が、鍵盤から離れた
演奏は止まったはずなのに、耳の奥ではまだ鼓膜が旋律で揺らされている気がして
逃げ出そうとしたけれど、魔術の様なその旋律の名残が
僕を絡めたまま、みっともなく床に貼り付けさせる
「月の光は、人を猟奇へと駆り立てる」
一瞥を僕に投げた後、先生は窓辺に近づいて
蒼褪めた肌を月光に晒す
「…特にこんな、赤い月の夜は」
窓の外にある、血を吸って紅く染まった月を背負った安西先生は
不老の吸血鬼に似ていて
その魔性に魅入られた僕は
キリキリと回りギチギチと空気を食むチェーンソーが
首筋に近づいた事に気付きもしなかった
「可愛い可愛い、可哀想な高屋敷君」
逆光でよく見えない
でも、その酷薄な、自愛に満ちた微笑は闇に浮かんで
「君がいつまでも変わらぬように…」
「…ぁ…」
「ここで殺してしまいましょう」
くるくる
くるくる
回る刃が近付いてくる